3章第10話:「Real Estate」/恋する3センチヒール
ひとつひとつと前に進む玲奈
リスクを理解して始めることができるのか…
前回 3章第9話「玲奈のモヤモヤ」
3章第10話「Real Estate」
「もう一つリスクに感じているのは、家賃変動です」
紗愛子さんが、用意してくれたパンフレット。
日に照らされ、光り輝くマンション。
紗愛子さんはルーズリーフに「家賃変動」と書き込んだ。
「変動要素があるのは、確かに金利と家賃ですもんね」
「家賃が下がると、月々の支払額が変わってしまうので、やっぱりそこは気になるなぁって」
「まず、家賃についてもう一度説明しますね」
パンフレットのページを開いて、紗愛子さんは私に見せた。
物件地図の『駅から徒歩5分』という文字が目に入った。
「家賃は、建物構造、間取りや広さ、設備内容、立地環境等々を総合的に判断して算出するのが一般的です。地域の家賃相場をもとに、建物の特性を加味して決めていくっていう感じです」
「あっ。そしたら、この物件なら立地はよさそうですね。すぐ近くにスーパーもあるし」
「立地条件が、本当に一番大切です。家賃はインフレに対応するので、物価が上がれば家賃も上がりますしね」
「デフレの時は、下がるっていうことですか?」
紗愛子さんは、少し嬉しそうに首を振った。
「確かに、デフレの時は家賃が下がると言われていますが、都内の好立地の物件であれば家賃は緩やかに下がる傾向にあるというデータが出ているんです」
私は、NISAで購入している自分の株券を思い浮かべた。
「と、いうことは、デフレが起きて株券が紙切れになったとしても、不動産は残るんですね」
「Real Estate」
綺麗な英語の発音で、紗愛子さんは一言呟いた。
「やっぱり、不動産は実物資産ですからね。しかも、家賃保証がつくので、例え空室だったとしてもオーナーさんに家賃収入は入ってくるんです」
「家賃保証が付くのってすごいですよね。やっぱり、保証をつけても大丈夫なくらい収益をとれるっていうことなんですか?」
「実は、23区内でワンルームマンションに対して建設規制があるんです。なので、単身者世帯数に比べてワンルームマンションのストック数って圧倒的に少ないのが現状です。その分、賃貸需要に関しては既存の物件の希少性が生まれて家賃が上がることも期待出来る傾向にあるからこそ、こういう保証が付けられるんです。まぁ、東京だからこそっていうのはありますけどね」
改めて、パンフレットの地図と設備について確認した。
「なるほど。納得しました」
3000万円。
投資シミュレーションと物件パンフレットを見た。
心臓が、ドクドクと脈を打つ。
少し気分が高揚して、私は小さく深呼吸をした。
「こちらのワンルームのオーナーになりたいです。35年間。長いお付き合いになるかと思いますが、宜しくお願いします」
紗愛子さんは、嬉しそうに微笑んだ。
「お任せ下さい。こちらこそ、宜しくお願いします」
申込書に丁寧に記入をし、紗愛子さんに渡した。
心臓の高まりも収まって、一息ついてから紗愛子さんの会社を後にした。
駅に向かって歩いている途中、走りながら近づいてきた足音に振り向くと紗愛子さんだった。
「本当に申し訳ないのですが、玲奈さんに一つだけお願い事をしても良いですか?」
紗愛子さんから、預かった茶封筒。
月が綺麗な夜だった。