3章第1話:「涙の決意」/恋する3センチヒール
玲奈がなぜ運用に興味を持ったのか、その真相が明らかに・・・!
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第1話「涙の決意」
「ミツルくん、うちの養子として引き取ることになったから」
2015年4月。忘れもしない、夜の出来事。
30歳の誕生日を迎えて間もない兄が、会社から帰宅途中に交通事故で亡くなった。
まだ幼い、ミツルくんを残して。
最初、1人で育てると言っていた奥さんは、いつの日か鬱病のようになってしまった。
異変に気が付いた母が様子を見に行った時には、ごみ溜めに埋もれるようにして奥さんとミツルくんがいたそうだ。
「久司もね、保険とかに加入しておいたら良かったのにね。あの子、自分では長生きする気だったから…」
母の目に涙が浮かんだのを見て、私は奥さんから母宛てに届いたという手紙の文面をもう一度読んだ。
【ここ数日、毎日同じ夢を見ては、横で寝息を立てる充に対して違和感を覚えるようになってきました。金銭的にも、精神的にも、限界に限りなく近い場所にいる気がします。怖いんです。何かプツンと糸が切れたら、充を連れて久司さんの元へ行ってしまいそうで。自分で自分が、怖いんです。】
「まだ、久司も30歳だったしね。これからだったのに…」
母の声を聴きながら、生前の兄をボンヤリと思い浮かべていた。
結婚式の日の朝、ホテルのロビーでタキシードを着た兄と少し話した。
「俺、幸せになっから。玲奈も続けよ!」
「もちろん。すぐ、追いつくよ」
「玲奈の結婚式も、玲奈の旦那より輝いた状態で参加するからな!」
弾けるような笑顔を見て、兄は幸せを掴んだ側の人間なんだなと思った。
奥さんも、綺麗だった。
たった2年でこんな事になるなんて、誰1人思っていなかったはずだ。
「久司の命に代えられるものは何一つとしてないけれど、せめてミツルくんと奥さんの為に、何か残せたら良かったのに。久司は、親としては無責任なことをしてしまった。けれど、その責任もきっと私にあるんだわ。あの時、保険に加入しておくようにあれ程言ったのに…。あの子、まだ早いって言って聞かなかったから…」
人前で涙を見せたことが無い母は、崩れるようにして咽び泣いた。
「そう簡単に、俺は死なないからって言ったじゃない…。健康診断もA判定だって。なのに…」
自分の力無さに、私は小さく震える母の背中をそっと撫でることしか出来なかった。
日常の中で、つい忘れがちになってしまうけれども、私達の命にはいつか必ず終わりが来る。
その時に、私にも家族がいるかもしれない。
私の命に終わりが来ても、日常が続いていく守るべき存在のために、今の自分に出来ることをやっていこうと強く決めた。
何とも言えない気持ちが込み上げて、母の背中をさすりながら歯を食いしばって泣いた。
キッチンの冷蔵庫が、ウンウンと低い音を立てていた。