4章第9話:「エンゲージリング」/恋する3センチヒール
オトンと店主の話を聞いて、ついに俊明が動き出す。
俊明が向かった先とは…!
前回 4章第8話:「投資とオトンと店主と」
4章第9話「エンゲージリング」
「急に連絡して、お時間とって頂いてすみません」
「いえいえ。何か心境の変化が、あったんですか?」
紗愛子さんの会社の応接間。
目の前で微笑んだ紗愛子さんは、優しい目をしていた。
「あれから、しばらく考えてみたんです」
「メールを送って下さったあとですよね?色々と考えて下さったようで、ありがとうございます」
パソコンのメール画面が浮かんだ。あのメールを打った日のことをまだ鮮明に覚えていた。
「実は、先日、玲奈さんにお会いしたんです」
「あぁ!上海出向が終わったと、連絡頂きました。早速、お会いされたんですね」
頷いたあと、紗愛子さんが用意してくれたジャスミンティーを飲んだ。
ジャスミンの芳香な香りに、心が落ち着くのを感じた。
「偶然予定が合ったので食事に行ったのですが、その時に玲奈さんに色々と相談に乗って頂きまして…。その結果、もう少し自分の保障について考えた方が良いのではないかとアドバイスを頂いたんです」
「玲奈さんは、人一倍保障について考えていますもんね」
「そうです。保険業界で働いている訳でもないのに、なんでだろうって。実はずっと不思議で…」
少し考えるように、紗愛子さんは右頬に手をあてて首を傾げた。
「岡田さん、玲奈さんのお兄さんのお話しは、ご存じですか?」
「確か、結婚されている方ですよね?お兄さんとの結婚式の写真を何年か前に、フェイスブックで見た気がします」
「玲奈さんとは、長いお付き合いですもんね…」
しんみりとした空気に、何か察してしまった。
「もしかして…、玲奈さんのお兄さんに何かあったんですか?体調を崩して入院しているとか」
悲しそうな顔をして、紗愛子さんは首を振った。
「今から3年前に、亡くなってしまったそうです」
「え…」
人生の時間軸表と、玲奈さんの笑顔が浮かんだ。
「だから、あんなに僕に保障の話しを…」
ここで泣く訳にはいかないと、ぼやけてきた視界を無視して頭を下げた。
「投資用不動産、紗愛子さん的に一番良い物件を一部屋お願いします!」
紗愛子さんは、少し驚いた顔をしたあとシャキッと背筋を伸ばして頭を下げた。
「任せて頂き、ありがとうございます。宜しくお願い致します」
申込書を受け取りながら、運用商品を選ぶのと洋服を選ぶのは似ているな、と思った。
不動産投資について相談した人の中には、否定的な人も勿論いた。
中古物件には好意的で、新築のワンルームマンション投資には否定的な人。
株やFX推しで、不動産投資には懐疑的だった人。
そもそも、資産運用自体に関心がなかった人。
洋服を選ぶ時にも、価格が安くて適当なものを選ぶ人もいれば、価格が高くてもブランドに拘る人もいる。
相手にどう思われようが、自分自身が納得しているものを着用するのが洋服だ。
ただ、自分のサイズと大きく異なるものを着用する人はいない。
目的もなく、自分のセンスと異なる服を購入する人もいない。
そして、購入する時には、店員さんの存在がキーポイントになる時もある。
「公務員だからこそ、不動産投資は優先的に検討して頂きたいと言って下さった意味が、最近ようやく分かったんです。僕自身のことをしっかりコンサルして下さった上で、1番良い提案をして下さり、ありがとうございました」
紗愛子さんは、少し照れたような顔をして嬉しそうに笑った。
「そう言って頂けて、嬉しいです。35年間と長いお付き合いになりますが、疑問がある時にはいつでも連絡下さいね」
申込書の記入が終わり、出口まで見送って下さった紗愛子さんは、白鳥の絵がついた便箋を取り出した。
「私事ですが、来月末に式を挙げるんです。ご都合が合えば、玲奈さんと一緒に是非いらして下さい」
紗愛子さんの左手の薬指に光るエンゲージリングが、改めてキラッと光って見えた。
「おめでとうございます!出席させて頂きます」
玲奈さんのウェディングドレス姿が頭に浮かんで、慌てて紗愛子さんの招待状に目を落とした。
「あと、さっき本籍地のご記入をして頂いた時に知ったんですけど、岡田さんって兵庫県出身なんですね。全く関西弁のイメージが無かったので、びっくりしました」
「関西弁には敬語が無いので。分けて話すのも、疲れますしね」
僕の答えに紗愛子さんは、納得したようだった。
帰り道、玲奈さんに連絡を入れた。