第8話「最寄駅での偶然」/ちゃんちゃんCO
第8話「最寄駅での偶然」
「あら? …まりんちゃん?」
駅のホーム。
リモートワークで仕事を持ち帰り、家へ戻ろうとしていた19時。
ふいに横から聞こえた声に、⾝体がビクッと反応した。
「あっ。えと…」
「私服だと、もしかして分からない? 清掃員の和子よ」
「和⼦さん! お仕事帰りですか?」
「そう。基本、18時には終わり。清掃仲間と、軽く珈琲を飲んで帰ってきたの」
グレーのセーターに、茶色いズボンを履いて斜めがけのショルダーバックをしている和子さん。
⾒慣れない姿に、清掃員の格好をしている時とは別人に感じてしまった。
正直、清掃員の格好をしている時よりも若く見えた。
「良いですね。今⽇も⼀日、お疲れ様です」
「あなたも、仕事帰り?」
「仕事を持ち帰って、今日は帰宅する事にしました。ふるさと納税で頼んだお肉が届いているので、今夜は家ですき焼きを作る予定なんですっ」
本当は桃夏さんの家に持って行って3人で⾷べる計画で頼んだつもりのお肉が、注⽂ミスで1人分だけ届いた。
残念な気持ちもあったものの、この機会に1人家鍋に挑戦する事に決めた。
「ふるさと納税の返礼品ってやつね。私も、夏には主⼈が頼んでいた美味しいサクランボが届いて感動したわ」
「サクランボ! 良いですね」
「まぁ、けど私の主⼈は退職も近いから、ふるさと納税で頼めるのも数年なんだけどね。ただ、私も主人も出⾝が⼭形 なんだけど、ふるさと納税で寄付⾦の使い道まで選択も出来るから、東京にいながら地元の⾏政に関わっていける事を嬉しく思っていて。退職して、ふるさと納税をする必要がなくなったら普通に寄付金を支払っていきたいって思っているのよ」
「おぉ! 素晴らしいですね。ふるさと納税って⽣まれ育った故郷や、応援したい地方の⾃治体の⾏政に税制を通して貢献出来る点が、地⽅創⽣に繋がっていて良い仕組みだなぁ、って思っていたんですけど、和子さんご夫婦みたいに控除以外の⽬的でも寄付金として参加する方が増えていくと国としては嬉しいと思います」
「そうね。都会も好きだけど、やっぱり⽣まれ育った場所への思い入れって強いわよね」
故郷を懐かしむように、少し遠くを⾒ながら和子さんはフワッとした笑顔を見せた。
「そういえば、まりんちゃんの出⾝身は?」
「私は、東京です」
「シティーガールってやつね!」
「いや、そんなことも無いんですけどね」
たまに、シティーガールと⾔われることもあるものの、実家の静かな住宅街はシティーと呼ぶには何かしっくりこない。
「確か今夜は1人鍋って、言っていたわよね。ということは…、⼀⼈暮らしをしているの?」
和⼦さんの⾔葉に、実家の景⾊の中から現実へと引き戻された。
「帰りの時間が遅い日が多いので、一人暮らしの⽅が気楽だなと思って、家を出ちゃいました。会社の近くの⽅が、何かと便利ですしっ」
実家に帰りたいなぁ、という弱⾳を抱えていることを隠すように、⽿に届いた声は明るく聞こえた。
ただ、和子さんは考えるような顔をして私の目をジッと見てきた。
そして、娘を⾒る時の母親の目をして、私の右手を⼤切そうにそっと両手で包んだ。
「けど、本⾳は寂しいでしょ? 悪い意味に捉えて欲しくないんだけど、あなたって、とっても頑張り屋さんの強がりやさんに見えるの。長く⽣きてきたから分かるのよ」
和⼦さんには⾒透かされてしまった⼼は、急な展開にジンワリと涙腺を緩めた。
けれども、ここで泣く訳にもいかず、私は無意識に⾸を横に振っていた。
「⼤丈夫です、私。けど、ありがとうございます」
心配そうな顔をしている和子さんは、「そう?」と優しい声で⾔った。
そして、しばらく何かを考えた後に思いついたようにして顔を明るくさせた。
「そうだ! 今週の⼟曜⽇って空いてる?」
「18⽇ですか?」
「そう。私が手伝っている老⼈ホームで、ちょっとしたイベントがあるから良ければきてみない?」
乗る予定の電車がホームに滑りこんできたのを見ながら、私は⼤きく頷いた。
「え! 良いんですか? ちょうど空いているので行ってみたいですっ」
「良かったー。若い男の子もボランティアスタッフでくるみたいで、せっかくだから若い女の子にも声を掛けたかったの。そしたら詳細を送るから、このアドレスにメールして」
和⼦さんが取り出したアドレスが書かれたメモを受け取った私は、ホームに電車が⽌まったのを⾒て、頭を下げた。
「私、こっちの電⾞に乗らなくちゃいけなくて。短い間でしたが、お話し出来て楽しかったです。18日、連絡しますねっ」
嬉しそうな顔をして⼿を振った和子さんをホームに残して、電車に乗り込んだ。
⾛り出した電⾞の中、忘れないうちに和子さんに向かってメールを打ち込んだ。