第10話「はじめてのボランティア」/ちゃんちゃんCO

ちゃんちゃんCO

前回 第9話「秋の感謝祭」

第10話「はじめてのボランティア」

「上⽥って、学生時代に何のバイトしてたの?」

メインエントランスから少し離れてしまっているせいか、もうすぐ11時30分になるというのに、中庭の人通りはまばらだ。
焼きそばの屋台担当だと聞いて、てっきり目の前で焼きそばを作って提供するのかと思いきや、食堂で作られたものをパック詰めして販売するだけだった。
ボランティア長の聖子さんがいなくなった後から、正直時間を持て余してしまっていた。

「カフェっていう空間が好きっていう理由だけで、カフェでアルバイトをしてた」

「まさかの同じ理由で、カフェで働いてたわ」

「おっ。岡田もか!」

机に並べてある焼きそばの位置を整えるように微調整をしながら、上田は少し嬉しそうな声を出した。

「俺、カフェっていう空間が好きっていうのだけを伝えても面接で受かる気がしなかったから、コーヒーの香りについて論文並みに調べてから⾯接に臨んだんだけど、今思い返すと初々しいなぁ…」

「上田らしいエピソードだな。コーヒーの香りについて、どんな事を調べていったの?」

紺色のエプロンについた汚れを軽く払いながら、上田は記憶を思い返すようにして話しだした。

「んー。岡田も知っているかもしれないけど、嗅覚をつかさどる部分って人間以外の動物だと脳の前頭葉にあって、⽣き抜くための重要な機能を果たしているのね。けれど、人間の嗅覚は⽂化的な暮らしを営んできた中で退化してしまっていて。その結果、記憶の中枢と匂いの中枢が近い位置にある訳。だから、香りは人の気持ちを揺さぶったり、過去の出来事を呼び覚ますことがあると言われていて。その中でもコーヒーの⾹りは、コーヒー⾖の種類によってリラックスさせてくれる香りと、頭の回転を速くさせてくれる香りの2種類があるから、 ⼈間にとって奥深い飲み物だと言われているんだ。だからこそお客様の目的やその日の気分によってオススメするコーヒーが変わってくるから、カフェの仕事はやりがいがあるっていうコトを話したかな」

「すごいな。カフェで働いてたけれど、全然知らなかった」

「他にも、コーヒーには脂肪肝を抑制する働きをすると言われているクロロゲン酸と呼ばれているコーヒーポリフェノールが含まれているから脳卒中のリスクを軽減させる効果の他、ダイエットにも効くと言われているんだよ。知れば知るほど、奥深いコーヒーの魅力にハマっていく学生時代だったなぁ…」

軽くハニカミながらコーヒーについて語る上田を⾒て、同じカフェのアルバイト経験者でも、こうも違うものかと⼈間力の差を改めて感じてしまった。
⽇々の積み重ねが、⼈をつくるのだと上田を⾒ていて思う。
独特な魅⼒は、上田の外見的要素が作りだすものではなく、内面が外側に溢れでてきているものなのだと感じる。

「ねぇ、前から思ってたんだけど、どうやったら上田みたいになれんの?」

素直に⼝からでた⼀言に、上⽥は驚いた顔をしつつも、少し嬉しそうな表情を浮かべた。

「別に、俺⾃身は大した⼈間ではないけれど、世の中に存在しているものって、何かしらの意味を持って存在しているものが多いじゃん? それについて知っていく、っていう⾏為か自分にとっては⾯白くて、好きなだけ。何かについて知ると、そこに⾃分が関わりたくなってくるしね。知って興味を持ったことを自分の⼈生に取り入れていく。そうやって俺は意識的に⽣きているけど、多分岡田も無意識に同じようなコトをしているんじゃないかな」

「なるほど。意識の違いか…」

玲奈さんから、せっかく投資について教わったのに、実際には生活には取り入れられていない。
これも意識の差かと思うと、納得ができた。
上⽥と話しているうちに中庭にも人が増えてきて、お⾦を握りしめた幼稚園生くらいの⼥の⼦がこっちに向かって⾛ってきた。

「焼きそば、2個ください!」

「ありがとう。600円あるかな?」

⼿に握られていたのは 600円ちょうど。
少し生温かい⼩銭を受け取ってから、焼きそばを渡すと、⼥の⼦は嬉しそうにして、家族の元へと帰って行った。
「ちゃんとお買い物ができるようになったのねぇ!」と、⼥の子のお婆ちゃんの明るい声も聞こえる。

「⽼人ホームのボランティアって、正直もっと介護的なことをやるかと思っていたんだけど。こうやって⼈間の⽣活を俯瞰的に見る機会も、社会人になってからなかったから新鮮だな」

「たしかに。なんだか、今日で仕事に対する意識も変わりそうだよ」

さっき焼きそばを買いにきた⼥の子のような家族の幸々を守る為。
幸せな暮らしが出来ていることが国の前提になる為に、今の仕事を選んだことを思いだした。
自分の就職活動の時に抱えていた想いをぼんやりと回想しながら、行き交う人を見ていると、老人ホームの空間で顔立ちがアイドル風の女性が、年配の女性と共にこちらに向かって歩いてきているのが見えた。

「こんにちは。焼きそばの売れ行きは、どうかしら?」

年配の女性の首には『スタッフ』というカードがぶら下がっている。
興味深かそうな表情で、こちらをキラキラとした目で見てくる女性を視界に入れながら「まだ、ボチボチですね」と答えた。

「まぁ、まだ時間も早いものね。お休みなのに2人とも手伝ってくれて、ありがとう。私は、毎週末ボランティアスタッフとして手伝いをしている和子と申します。ボランティアスタッフの欠員が出て、ダメ元で新賀さんに頼んだんだけど、本当に助かったわ。こっちの若い子は、歳の離れたお友達のまりんちゃん」

「和子さんにお友達認定されて、嬉しいですっ。はじめまして! 南山まりんと申します。よろしくお願いします」

ニコっと笑った南山さんの表情を見て、花が咲くように笑う人は、こういう人のことをいうのだと思った。

「臨時のボランティアスタッフとして、今日は焼きそば屋台の担当をさせて頂いている上田です」

「上田の職場の同期の、岡田俊明です」

笑顔を浮かべて話しを聞いていた和子さんは、思い出したように両手をパチンと小さく合わせた。

「そうだ!さっき聖子さんからお伺いしたけど、来週のお金のセミナーに興味を示したっていうのは、どっち?」

「あっ。僕です」

小さく手を挙げた僕に、南山さんは嬉しそうに目をキラキラさせて、僕の手を軽く両手で握ってきた。
久しぶりに握った女の子の細い手に、玲奈さんが上海に旅立ってから見失っていた僕の心臓がドキッと淡い締め付けを示した。

「実は、私も資産運用系に興味があって! さっき聖子さんにお話しした結果、特別に席を用意してもらえることになっ…」

「そうだ! せっかく若者3人集まったし、連絡先を交換したら? で、来週この岡田くんだっけ? 岡田くんとまりんちゃんで一緒にきなさいよ。もちろん、都合がつけば上田くんも一緒に」

和子さんの提案に、南山さんは納得したように大きく頷いた。
謎の後ろめたさも感じて、僕はそっと南山さんの手から自分の手を離した。
一応、南山さんの表情を確認すると、特に何も感じていないようだった。

「じゃあ、連絡先…」

上田が、QRコードを表示した画面を南山さんに向けて差し出したのを見て、後に続く。

「ありがとうございます。連絡させていただきますねっ」

携帯電話から顔をあげてニコッとした南山さんを前にした上田の目は、今まで見た中で一番男らしい目をしていた。

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みかみ

パグ犬愛好家。 趣味は、投資。夢は、世界を虜にする小説家。

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