第19話「1万円札の原価」/ちゃんちゃんCO

ちゃんちゃんCO

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19話:1万円札の原価

帰りにお土産として渡されたデパートの紙袋を三人お揃いで持って、老人ホームを後にした。

「おっ。このクッキー好きなやつだ」

信号を渡り、和子さんと美希さんが見送りから老人ホームへと引き返したのを確認した岡田さんは、立ち止まって袋の中身を確認した。声のトーンの明るさで、純粋に好きなクッキーなんだというのが伝わってくる。自分があげたものではないのに、なぜか嬉しい気持ちで微笑む自分がいた。

「なんか特に何もしていないのに、こんなものを用意して頂いてて恐縮ですね」

横から聞こえた上田さんの声に、ハッと我に返った私は自分でも大袈裟に感じる程に大きく強く頷いた。

「そうですよねっ。貴重なお話しを聞かせてもらったのは私達なのに、手土産の一つでも持って行けば良かったなって…。気が回らなかった自分を反省します」

話しながら冷静になって、私達に紙袋を渡してきた美希さんの姿を改めて思い出した。

「若い子にこのホームについての興味を持ってもらえたっていうだけで、とっても今日は嬉しかったのよ。だから、これは私からのほんの気持ち」そう言われて受け取った紙袋の重みに、美希さんに人望が集まる理由も一緒に受け取った気がした。

「良い人の周りには、良い人が集まるっていうのを体現しているような人でしたよね」

ニカっと笑った岡田さんの笑顔は、夕日に照らされていて、いつもよりも印象的に見えた。何かを伝えるなら、今なら届きそうな気がする。そう思ってしまう位に、鮮やかに今この瞬間が目に飛び込んで来て、駅に向かうまでのささやかな商店街を歩く時間が愛おしく感じた。ただ、その時間も淡く儚いものだった。

「この後、どうする?」

上田さんに話しかけた岡田さんを見て、また自分に都合の良い世界観にハマろうとしている自分が恥ずかしくなって、コートのポケットから携帯電話を取り出して見る振りをした。

「俺は、夜飲み会だからそれまで空いているけど?」

右手でグッドサインを上田さんに向けてした岡田さんは、今度は私の方を向いた。

「南山さんは?」

「私も夜までなら大丈夫ですっ」

「よし!ちょっと僕は20分くらいで先に抜ける事になるけれど、折角の機会なので振り返り会でもしましょう。この踏切を越えたところに、良い感じの純喫茶を発見したので、そこでどうですか?」

スマホで時間とお店の地図を見た後に、顔をあげた岡田さんと目が合ったので、大きく頷いた。

「南山さんが良いっていう事は、上田も賛成っていう事なので向かいますよー」

カランコロンという音を立てて入店した店内は、奥に置いてある蓄音機がゆったりめのジャズを流しているレトロな雰囲気の喫茶店だった。
新聞を片手にコーヒーを飲んでいる白髪混じりの男性すらも、店の味わい深さを増して演出しているように思えた。

「豆の種類の紹介だけで、6ページも…!」

感動したように声をあげた上田さんに、オススメの豆をチョイスしてもらって、コーヒーを一杯ずつ注文した。
岡田さんが、少し興奮気味で話してくれた上田さんのコーヒーに対する想いに、驚いて上田さんの方を見ると「そんな大した事ないので…」と上田さんは首を振って笑った。

「俺のコーヒー知識は完全に趣味程度の知識ですが、資産運用について南山さんから教わったっていうのを岡田から聞いて羨ましく思っていたんです。俺の場合は、さっき話した通りで、資産運用のシの字もまだ齧っていない状態ですが、資産運用についての興味はあるので…」

厚めのガラスのコップに入っている水を飲んでいた岡田さんは、水を片手に持ちながら大きく頷いた。

「上田も資産運用について知っておくべきだよ。イケメン度が上がる気がするし」

「今日はやけに乗せてくるなぁ」

「僕は、二人ともソコソコ絡む機会があって知っているけど、南山さんと上田が絡むのって、ほぼ初でしょ?」

「いや、俺はチャンスを伺っていただけだから」

真面目なトーンで上田さんが発した一言に、私は思わず上田さんを改めて見た。

目が合って、上田さんはそれが本心だと裏付けるように、一度頷いた。
この一連のやりとりは特に何も気にならなかったようで、岡田さんは話を続ける。

「何卒、僕の会社の同期であり、心の友でもある上田を宜しくお願いします。資産運用についても、何かキッカケとなるような事でも教えてもらえたら、上田はやる気を出して頑張ると思うので」

姿勢を正して頭を下げてきた岡田さんは、顔を上げてから「僕のことも、何卒よろしくお願いします」と言って「へへっ」と笑った。

「うーん、私も趣味みたいなものなので恐縮ですが、折角ニーズがあるならお話しさせていただきます。ちなみに、一万円札の原価って上田さんいくらか知っていますか?」

今度は水に入っている氷を口に含んだ岡田さんが、考えるようにして腕を組んで首を傾げた。上田さんは、水を片手に自信が無さそうに答えた。

「ホログラムとかもついているし、紙の質も特殊なので結構しそうな気もしますが、そんな事もないですかね。けど、所詮紙切れと言ってしまったらそれまでだから、300円くらいでしょうか?」

黒いワンピースに白いフリルのついたエプロンを着ているウェイターの女性が「お待たせ致しました」とコーヒーを運んできた。コーヒーが丁寧に机に置かれると、ふわっとコーヒーの独特な匂いが鼻から抜けていった。

「上田さんは、300円予想ですね。ちなみに、岡田さんは知っていますか?」

コーヒーを一口飲んだ岡田さんは「おぉ」と小さく声をあげた後に、私の方を見て首を横に振った。

「いや、知らないです。けれど、そのくらいじゃないんですか?」

岡田さんに続いてコーヒーを飲むと、スッと鼻に入ってくる香りだちと澄んだ後味にお店のコーヒーに対する拘りを感じた。あまりコーヒーを好んで飲んだ事がなかったけれども、初めてコーヒーを美味しいと思えた。

「2人とも、感覚値としては答えと近いような気もしますが、残念ながら間違いです。1万円札の原価は、約22円。1000円札は約15円というのが正解ですっ」

「えっ。1000円と1万円って、原価で7円しか差が無いんですか?」

驚いた顔をしながら、上田さんは財布からお札を二枚取り出して初めて日本札を興味深そうに見た。

「この2枚のお札の差は原価的には7円しか差はないですが、お金の価値としては9000円もの差がありますよね。この差が、発行者である日本銀行に対する信用っていうやつなのです。お金は信用で成り立っていて、現金は銀行券にしかすぎません。だから、経済によってお金の価値は変動していきますし、実際に現金ではないキャッシュレス決済とかでも、幅広く同じ価値を持っているんです」

「資産運用について知りたいとか言いながら、お金の基礎を全然知らなかったです…。なんか、そう考えるとお金に対する幅広い考え方に納得出来る気がします」

上田さんがしみじみとした声で言っている横で、岡田さんは財布から1000円札を出して、机に置いた。

「僕も、もう少し南山さんのお話しを聞きたかったんですけど、次の予定があるので先に抜けます。二人はもう少し、ゆっくりして行ってください」

カップに残っているコーヒーをクッと日本酒を飲むように一気に含んだあと、立ち上がって頭を下げられた。なんだか、他人行儀な気がして、心に寂しさを残しつつ、咄嗟に「了解です。今度お釣りを渡しますね!」と、次に会う口実だけを残したい一心で言った。

会釈をして、ドアの外に出ていく岡田さんを見えなくなるまで目で追って、席に座りなおすと上田さんが見透かしたような目をしながら「なるほど」と言って微笑んできた。

私は、どういう反応をするのが正解なのか分からなくて、上田さんの視線を遮るようにしてコーヒーを飲んだ。

★次回はついに最終話となる20話「学び続けるという事」です。
お楽しみに!

みかみ

パグ犬愛好家。 趣味は、投資。夢は、世界を虜にする小説家。

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