第6話「オトンの悩み」/ちゃんちゃんCO

ちゃんちゃんCO

前回 第5話「バニラティーと3人」

第6話「オトンの悩み」

「表参道なんて⼩洒落た街にも、渋い店があるもんやな」

いつもの新橋の居酒屋は、⽣憎の定休日。
悩んだ挙句に、玲奈さんと来た店を選らんだ。
店内を⾒渡したオトンは、満足したように椅子に深く腰掛けた。

「⼤将、なかなかエエ仕事しとりますねー!」

⽇本酒のメニューから顔を上げて笑みを浮かべたオトンを見て、二日酔い防止用のドリンクを先に摂取しておいて正解だったと思った。
オトンが店員を呼んで注文している間、ふと柱に掲げられているメニューの文字に目が⽌まってしまった。

「セロリの浅漬けも一つ、追加で」

注⽂を終えたオトンは、渋い顔をして首を傾げた。

「セロリって、苦手ちゃうかった?」

「いや、最近美味しさに気付いてしもた」

オトンと座った席の⼆つ隣の席で、玲奈さんと久しぶりに再会した日の事を思い出した。

あの⽇、セロリの浅漬けを頼んだ玲奈さんは、年上にしては無邪気過ぎる笑顔で「私、食べ物の中で1番セロリが好きなんだよね」と言った。
その笑顔を見て、セロリが1番嫌いな食べ物だとは言えなかった。
ただ、玲奈さんが1番好きな物を食べない訳にはいかず、恐る恐る⾷べた浅漬け。
食べて一噛みした瞬間に、食わず嫌いをしていただけだと気が付いた。
あの日以来、メニューにセロリの浅漬けがあると頼むようにしている。
自分でも気色悪いなと思いつつ、こんなところでも玲奈さんを感じようとしている自分がいた。

「なんや? 顔、緩んどるぞ」

オトンからのツッコミに、誤魔化すようにしてお手拭きで顔を拭いた。

「もう、お前も立派なオッちゃんの仲間⼊りやな」

「まだ20代のピチピチや」

「もう24になったやろ。そろそろ⽴派なアラサーや。せやけど24って羨ましいな」

店員が、オトンが頼んだ日本酒を運んできた。
⼀杯⽬はビールを頼もうかと思っていたものの、結局はオトンに付き合うことにした。
日本酒と共に、お猪口が2つ。
お互いにお酌をした後に、カチンと無⾔で乾杯をした。
刺⾝とセロリの浅漬けが机に並び、2本⽬の日本酒を頼んだ頃、頬をほんのり⾚らめたオトンは急に腕組みをして、しばらく黙ってしまった。

「どしたん?」

「いや、この話しをするか迷ったんやけど、この機会に相談でもしてみよかと思ってな」

「オトンが相談事って…、初めてのことやな」

下を向いて、しばらく考えたオトンは、何かを振り切ったように姿勢を正した。

「実は、早期退職の話しが出とるんや」

「えっ、オトンに?」

「早期退職優遇制度の希望者に名乗りでるか、悩んどるんよ」

今年、53歳になったオトン。
子供の頃の記憶にあるオトンよりかは皺も⽩髪も増えてきたものの、現役のサラリーマンの⾵貌である。
オトンが、退職するなんて想像すら出来ない。

「え、退職してどうすんの?」

「家のローンも済んどるから、ウチでノンビリするんも悪くはないかと思てね」

「けど、53歳で退職って…。今って定年65歳やんな?12年もはよ退職すると、何か早い気もする」

運ばれて来た出し巻き卵をお皿に取りながら、オトンは⾸を振った。

「⼀応、オトンが25歳のときからな、早期退職に向けて準備はしてきとるんよ。割増退職⾦として多めに退職金が出ると言うても、資⾦管理をしとかんと⽣活費は⽬減りする⼀方やからな。退職金は、退職所得の控除があるにせよ、次年度の住⺠税が上がるから、何も考えずに退職してまうと次年度の税金が⼤変なことになるんよな。しかも、見直せば多少は安くなるものの、今までは企業に負担してもらっとった分の厚⽣年金、国民年金、国⺠健康保険は退職後の⽅が⾃分の負担する額は増える事になるからな」

「なんか、えらいことやな」

「しかも、オトンの場合、月々3.5万円の⺠間保険の払い込みが65歳までは続いていくから、その資⾦も頭に入れて25歳の頃から資金作りに励んできたんやで。早期退職をして働かずに暮らす生活を送るとすれば、若い内から資⾦作りをしていかんと結局は再就職をせざるを得ない状況になるからな」

店員を捕まえて、熱燗を追加注文しているオトンを⾒ながら、オトンの計画性の⾼さに、自分自身を恥ずかしく感じてしまった。
自分と同年代くらいの時に、既に20年以上先の事を計画して⽣きていたとは…。
日本酒で熱くなった頬が、更に熱くなったように感じた。

「全然知らんかったわ…」

「そりゃ、子供相手にお金の話しはせいひんやろ」

「僕の年齢から早期退職を⾒据えて資⾦作りをしてきたって、オトン何者なん」

口から滑りでた素朴な僕の疑問に、オトンは分かりやすく嬉しそうなドヤ顔を見せた。

「20歳の時にアメリカに留学をしたって話しはした事あったっけ?」

「むかーし、聞いた記憶はあるな」

オトンが嫌いなおでんの卵を僕のお皿によそいながら、オトンは頷いた。

「アメリカ留学の初日、担任の先生から呼び出されて注意されたことがあってな。それが、日本人は先を考えていない⼈が多いから、お前は未来を考えて何10年先の未来のリスクヘッジが出来る⼈間にならないとダメだ、っていう事やった」

「その先⽣の忠告を守ったってこと?」

「そうや。ずっとその⾔葉を忘れずに生きてきたからこそ、25歳の時には早期退職への準備も始めることが出来たんや」

誇らしい目つきをしながら輝いているオトンの目を見て、25歳の時のオトンの目も今日のような目をしていたんだろうと、思った。
少しだけ口に含んだ日本酒の香りが広がっていく中、今のオトンの中に25歳の若者の姿を無意識に探していた。

第7話「スーパーラッキーボーイ」

みかみ

パグ犬愛好家。 趣味は、投資。夢は、世界を虜にする小説家。

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