第1話:「2017年11月 ⼟日の空欄」/ちゃんちゃんCO
ちゃんちゃんCO(ちゃんちゃんこ)
-Anyone who keeps learning stays young- (学び続ける人は、いつまでも若い。ヘンリー・フォード名言より)
「恋する3センチヒール」玲奈の上海出張中に起きた、俊明と「NO(money+love)-私らしい人生って?-」のまりんの出会い。
玲奈を待っていた空白の2年の間のお話。
第1話「2017年11月 土日の空欄」
「なぁ、お前って彼女出来たの?」
金曜日の居酒屋の混みようは、満員電車のようだった。
満員電車と違うのは、浮かない顔をしている⼈がいない事くらいだ。
ビールを片手に、腹の底からの笑い声を出している大人たち。
特に、新橋の居酒屋は明るい気がした。
「出来ていないです」
エイヒレに箸を伸ばし、マヨネーズをエイヒレの先に付けた。
「最初に飯行った時と、何も変わらないな。俊明は」
「最初って、新賀さんと偶然帰りのエレベーターが一緒で、突然ナンパしてきたやつですよね」
「そうだっけ?」
生ビールをグイッと飲んだ新賀さんは、分かりやすくキョトンとした顔をして首を傾げた。
「そうですよ。見たことある顔だ!って、突然話しかけられてビックリしましたもん」
「あぁ!あれか。あれは、ナンパではないだろ。⼤きな括りでは、同じ職場なワケだし」
「この後、予定ある?よければ一杯いかない?って、あれは完全にナンパの口説き⽂句ですよ」
腕を組んでいた新賀さんは、当時のことを鮮明に思い出したらしく、可笑しそうな顔をして笑った。
「けど、お前もよく付いてきたよな」
「新賀さんが名刺を渡してきて、無言の圧力をかけてきたからです」
エレベーターで話しかけてきた新賀さんは、飲みに誘うセリフを口にしながら、スムーズに名刺を取り出したのであった。
接点は全くなかったものの、名刺に書かれた『課長補佐』の一言に、新卒の自分には断る勇気がなかった。
エレベーターを降りて「どうする?」という新賀さんの言葉に「ご⼀緒させて頂きます!」と返した。
「名刺見て、固まってたもんな」
新賀さんは、顔をクシャッとして笑った。 最近36歳になったのに、肌はツルンとしていて自分と大して変わらない。
「もう、2年目だっけ?時間が経つのは早いなぁ」
「僕は逆に、まだ新賀さんと出会って約1年かと思うと、時間が経つのが遅く感じますけどね」
「え?そうか?」
ビールを飲み干した新賀さんは、店員を呼ぶと勝手に僕の分までビールを注文した。
僕のビールは、いつもながら半分以上はまだ残っている。
「そういえば…。前に⾔っていた玲奈ちゃんは、どうなったの?」
突然の新賀さんの発言に、思わずむせてしまった。
動揺した僕を見て、反応を楽しむように新賀さんが笑った。
「上海に⾏った、って⾔いませんでしたっけ?」
串に刺さった焼き⿃を⾷べながら、新賀さんは目を⼤きくしてワザとらしく少し⼤きな声をだす。
「あぁ。時間が長いって、玲奈ちゃんがいないからか」
頬の熱さが、アルコールなんだか、新賀さんの一言なのか分からず、飲み残していたビールを⼀気に飲んだ。
⾃分でも、分かりやすい人間だなぁ、と思ってしまう。
「若いなぁ…」
店員が丁度運んできた新しいビールに口を付けながら、新賀さんはシミジミと⾔った。
「玲奈さんからしてみたら、きっと僕はただのバイト先の後輩ですけどね」
新賀さんが、顔を顰めた。
「まだ、何も言ってないの?」
「想いを伝えようとしましたよ。けど、なんかタイミングが悪かったというか…」
「ビビったんだろ?」
「いや、けど、上海行く前に伝えて断られたら次が無さそうじゃないですか。だから、まぁ、あの時に伝えなくて良かったと思っているんですけど…」
分かりやすく⾯白くなさそうな顔をして、新賀さんは首を振った。
「しけたことを言うなぁ。ボヤボヤしていると、好機は逃げていくぞ。後悔の愚痴は、シラケるから言うなよ」
「分かってますって」
腕を組んだまま、疑っているような視線をしばらく浴びさせてきた新賀さんは、何かを思いついたように、急に腕組みを解き、身体を前のめりにして僕に顔を近づけた。
「そういえば、再来週の土曜日ってお前空いてる?」
新賀さんの言葉にポケットから携帯電話を取り出し、スケジュールを確認した。
「18日の土曜日ですか?」
「そう」
こうやって改めてみると、スケジュール帳の土日の欄が空欄ばかりで寂しい気持ちがした。
平日には、ちらほらと飲み会の文字。
「空いてますよ」
「おっ!ボランティアとか興味ない?」
「ボランティア…。前に、社会福祉施設の施設状況調査を担当しているって仰ってましたよね?それ関係ですか?」
「そう。若手の意見を聞きたいんだ。昔より、若者のボランティア参加が減ったという話しを聞いてね。少し気になっていて」
⽼人ホームで、ボランティア。
休⽇の予定がないからと言って、正直気乗りするような案件ではない。
「課の新卒じゃダメなんですか?」
「上司と部下としてじゃなくて、ほんと率直な話しが聞きたいんだよなぁ。頼まれてくれない?」
もう⼀度、スケジュール帳の空欄をみた。
「まぁ、良いですよ」
「よっしゃ。さすが」
ガシッと手を握ってきた新賀さん。
嬉しそうに微笑んだ目は、光の反射以上に輝いているように見えた。
この人の仕事に対する熱意を見習っていきたいと、話す度に思う。
「老人ホームの方には、話しておくから。よろしくな」
約束を忘れないうちに、『ボランティア』の⼀言をスケジュール帳に打ち込んだ。
新賀さんには苦笑いを返したものの、少しだけ楽しみに思う自分もいた。