第2話「Came back to Tokyo」/ちゃんちゃんCO
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お金の運用について向き合っていた俊明だったが、玲奈の上海移動により平凡な日常を送っていた。
一方、Home Leaveを終えてニューヨークで働くまりんは、思いがけないことになってしまい…
第2話「Came back to Tokyo」
「So, howʼs your new boss?」
(で、新しい上司はどう?
「Itʼs hard to say at this point. Our company will start the project next week.」
(今はまだ何とも。プロジェクトは、来週から始まるから。
「Ahh, I see. I bet there will be some tough moments ahead of you but I want to see you succeed in your own way. Good luck!」
(あー、そっか。きっと忙しくて厳しいことが多いだろうけれど、自分らしく頑張って欲しい。プロジェクトの成功を祈っているよ!
「Thank you !I am so lucky have somebody like Amelia.」
(ありがとう!アメリアのような友達がいてくれて、本当に良かった。
腕時計の針が12時45分を示しているのを確認して、立ち上がった。 オフィスビル内の⾮常階段。
誰もいないのを良いことに、階段に腰掛けていた。
「Talk to you soon. Good night.」
(また、電話する。おやすみ
ニューヨークは、23時45分。
⽬を瞑るとニューヨークの夜の街が、思い起こされた。
東京と変わらず、夜でも明るい街。
いつかは東京で働きたいと思ってはいたものの、こんなにも早く東京に戻ってくる事は望んでいなかった。
実⼒をつけてから東京で働きたい気持ちが強かった分、半人前の⾃分に対する憤りの処理の仕方が分からないまま、私は東京にいる。
—もう少し、あっちで働いていたかったけれど…。
扉を開けて廊下に戻ると、廊下に充満する独特な空気の張りに、背筋が伸びる。
この独特な空気の張りは、ニューヨークにもあった。
後ろ髪を引かれる思いを振り切るように、⾜の速度を速めて廊下を歩く。
ニューヨークと東京は、今の私にはあまりにも遠い。
いつもの習慣で、デスクに戻る前に化粧室へと寄った。
「あなた、不幸ジワが出ちゃってる」
背後で聞こえた⾔葉に、顔を上げて鏡越しに相手を見た。
⽔色のゴム⼿袋に雑巾を持った清掃員の⼥性と鏡越しに目が合った。
「えっ」
不完全に泡⽴っている⽯鹸を洗い流しながら、⾃分の顔をマジマジと鏡で見た。
「何か不満とか、不安があるんじゃない? 眉間に一本、縦じわが出ていたわ。それを不幸ジワって言うのよ」
⾔われてみると、不⾃然に顔に力が入ってしまっていた気もする。
「ご指摘、ありがとうございます。気をつけますっ」
眉間にシワを寄せているイメージを払拭したくて、出来る限りの笑顔を向けた。
ただ、いつもは流れるように発される⾃分の声の濁りに、嫌でも疲労感を認めざるを得ない気もした。
「積み重ねが、⼈生だからね。若い内から気を付けておかないと、女って不思議と、いつまで経ってもオンナなのよ…」
洗⾯台を雑巾で拭きながら、静かな口調で⼥性は言った。
肌はピンと張り、白髪混じりのショートヘアも清潔感がある。
品のある細身の体型。名札の名前を確認すると『河内』と記載があった。
「河内さんって、お幾つなんですか?」
初対面の私が唐突に名前を呼んだことは、大して気にならない様子で、河内さんは静かに答える。
「もうすぐ、還暦」
「それは、お祝いしなくちゃですね」
河内さんは、一度手を休めると、私の方へと振り返った。
「あなた、名前は?」
「あっ。申し遅れて失礼しました。南山まりんと申します」
「まりん…、可愛らしい名前ね。私は、和子っていうの。河内さんって慣れないから、和子って呼んで」
「和⼦さん!よろしくお願いします」
腕時計の時間を⾒ると、52分だった。
「今週から働き始めたんだけどね、ほんっと、ここの人達は忙しなく働いているわよね。私まで、肩凝っちゃう」
肩を回しながら、和子さんが言った⼀言に私は頷いた。
「そろそろ私も、デスクに戻らなくちゃで…」
「あぁ、そうよね。また」
⽚手を上げた和子さんに、私は軽く頭を下げた。
「また、お願いします」
化粧室を出て、急ぎ足でデスクに向かいながら、ニューヨークで言われたことを思い出した。
「You donʼt get it do you? I give you the clue.」
(疑問だらけだろう? 良いことを教えてあげよう。
どうしてこのタイミングで⽇本⽀社で働くことになるのか分からず、トイレで一泣きを終えた後だった。
デスクに戻った私を「Marin Come here.」といつものように呼ぶと、上司のトミーは優しい⽬で微笑んだ。
「Chance or Accident. Itʼs up to you to decide what give a name. Iʼm counting on you.」
(チャンスなのか、アクシデントなのか。なんて名前をつけるのかは、これからの君次第だ。期待しているよ
「I’ll do my best.」
(頑張ります
⽔の雫にぼやかされていくトミーを⾒ながら、私は必死に冷静を装い、短く言った。
長く話したら、涙が溢れてしまいそうだった。
そんな私に気が付いているトミーは、ゆっくりと丁寧に言葉を選んで話す。
「Youʼre working with big world wherever you are. I look forward to working with you again.
(どこにいたって、君の仕事の相手は全世界だ。また一緒に、仕事が出来るのを楽しみにしてる。
日本とニューヨークの距離 10864km。
もう少しだけ、私はトミーの元で働いていたかった。
ただ、地に足をつける国は変われど、全世界を相手にしている会社に所属していることは変わらない。
—和子さんの年齢まで、現役で働いていられるかは分からないけれども、私は今の⾃分に出来る全てで、この会社で⽇本の為に日本人として誇りを持って働いていきたい。
改めて感じた自分の中に存在する想いに、私は右手にギュッと力を入れた。
—私なりに、日本の GDP に貢献出来る⼈になる!
エントランスに掲げた社名に小さく頭を下げて、デスクへと戻った。