第4話:「Home Leave」/NO(money+love) —私らしい人生って?—
今日から一緒に住むこととなった桃夏とまりん。
まりんからある言葉を言われてしまい…。
前回 第3話「2LDKとまりん」
第4話「Home Leave」
「お帰りなさいー」
仕事から帰宅すると、エプロンにお団子頭のまりんがドアを開けてくれた。
私が男だったら、まりんは理想の奥さんだなと、可愛い笑顔に癒された自分を自覚して思った。
「ただいま!夕飯作っておいてくれたの?ありがとー」
今夜は、カレーだろうか。
カレーの匂いに包まれ、急にお腹が減ってきた。
「ふふふっ。アメリカ出張で仲良くなった、エイミーに教わった特製カレーなのです。エイミーは、イギリス人だけど、とっても料理が上手なの!」
「それは楽しみだなー。あれ?そういえば、まりんって仕事飲食関係だっけ?」
「いや、違いますよー」
「そっか」
部屋に戻り、荷物を置いて部屋着に着替える。
私の部屋にまで聞こえる程、まりんは大きめに鼻歌を口ずさんでいた。
鼻歌の曲は、アイネ・クライネ・ナハトムジークである。
モーツァルトを鼻歌で選曲するあたり、育ちの良さが窺える。
「いつまで住むつもりなんだろ…」
部屋にかけてあるカレンダーに『まりん』と記されているのが目についた。
昨日一日、まりんが詳細を話してくることも特に無く、私もとりあえず様子見という形で放置してきた。
ただ、このまま放っておく訳にもいかない。
−今日こそ甘やかさず、色々と聞かなきゃ。
両手でパンパンと頬を叩いて、気を引き締めて部屋を出る。
「丁度テーブルセッティングが終わったところなので、食べましょ!」
エプロンを解きながら、まりんは楽しそうだった。
「なんか、ご機嫌じゃない?良いことあったの?」
席に着いて「いただきます」と手を合わせた後、私はまりんに聞いた。
カレーを食べて「んーっ!」と、美味しそうな顔で目をクシャッとさせたまりんは、私の方を見て首を傾げた。
「ご機嫌そうですかね?」
「うん」
「てか、桃夏さんも、カレー早く食べて下さい。まだ、麦茶しか飲んでないじゃないですかっ!」
まりんに指摘されて、私もカレーを口に運んだ。
濃厚なバターの香りがフワっと鼻に広がった。
「えっ!何これ!めっちゃ美味しい」
「最後に隠し味で焦がしバターを混ぜてあるんです。内緒ですよっ」
人差指を唇の前に立てて、まりんはウインクをした。
普通の女の子がこんなことをしてきたら、何か冷めた空気になりそうだけども、まりんは自然体でやってのけた。
「まりんって、すごいよね」
「へっ?急にどうしたんですか?」
「いや、まりんは人を明るい気持ちにさせるなーって思って」
30歳、独身。
そんな大きな事実が一つ、重く暗くドッシリと座っていた部屋が、まりんが来てからは明るく見えていた。
「まりんって、人を明るくさせるの上手だよね。あれ?そういえば、まりんって仕事何してるの?」
「コンサル会社で働いてますよ」
ニコニコーと嬉しそうに笑ったまりんを見て、思わず突っ込む。
「え?冗談?」
「いやいや。あっ、名刺があります!」
立ち上がったまりんは、部屋に一旦戻ると小走りで名刺を持って戻ってきた。
「わっ。本当だ!しかも…これって…」
英語で書かれた名刺の企業名を指差して、私は思わず固まってしまった。
世界的に有名な外資コンサル会社の名前と共に、まりんの名前が記入されてある。
「まりんって、めっちゃ優秀なんだね」
「英語だけ、頑張っちゃいました」
優秀なのに、全然優秀ぽくない回答。
ただ、人当たりの良さが、きっとコンサルタントとして業務する時も役立っているのだと思った。
「桃夏さんは、お仕事何されてるんですか?」
「SEやってます」
「なんか意外です」
キーボードを打っているような手の動きをまりんがしたので、私も真似た。
「そう?」
「てか、こんな良い家に住んでいて、SEさんって結構貰っているんですか?今の私のお給料じゃ、こんな素敵な家に住めなさそうです」
「いやいや、まりんの方が絶対貰ってるって。だって、手取り25万円位だもん。残業にもよるけど…。しかも、家賃は補助が出てるから全額払ってないよ」
「手取り25万円って、十分もらってますよね!貯金とかも、結構出来ているんですか?」
「んー。給料1ヶ月分くらいは…」
カレーを食べる手を止め、腕を組んだまりんは、二回ゆっくりと頷いた。
「元彼に貢いでいたんですね」
直球ストレートの言葉に、心はグサッと痛みを覚えた。
「なんで、ワカッタノカナ?」
思わず、片言。
「だって、桃夏さんブランドものとか全然持ってないし、基本的に外食もせず、家計簿も付けていて倹約家なのに、貯金が出来てないなんて、おかしいじゃないですか」
冷蔵庫にぶら下げてある、家計簿に目がいった。
海斗は、一度も気が付いてくれなかったことに、まりんは一日で気が付いた。
その事実に、じんわりと目頭が熱くなってきた。
しかも、海斗がいなくなってから、ご飯の味がイマイチ分からなかったのに、まりんが作ってくれたカレーは温かい味がした。
「あれ?桃夏さん?」
目から雫がポタッとテーブルクロスの上に落ちて、自分が泣いていることに気が付いた。
まりんは、ワタワタとティッシュを一枚とって、私に渡した。
「あのね、悲しくて泣いてるんじゃなくて。嬉しくて…」
ティッシュを受け取りながら、私は笑った。
まりんは、不思議そうな顔をして首を傾げた。
「気が付いてもらえて、嬉しかったの」
二枚目のティッシュを手にしたまりんは、笑顔でグッドサインをした。
バトンを受け取るように、ティッシュを右手で受け取りながら、私も左手でグッドサインを作ると、まりんは嬉しそうに笑った。
「桃夏さん、30歳独身、彼氏無しですよね?お世話になる代わりに、桃夏さんの将来の幸せをコンサルします!」
「へ?」
「お金もない、男もない。桃夏さんのナイナイ人生、私がなんとかします!」
まりんは、左手を腰に当てて右手でエル字を作って顎の下に添えると、キリッとした表情をした。
「でも、一つ聞きたいんだけど…」
ティッシュで涙を拭いた私は、ここぞというばかりに口を開いた。
「まりんって、いつまでここに住む予定なの?」
まりんは、腕を組んで「うーん」と頭を捻った。
「長くても、三週間くらいで出ていく予定です」
「あ、そうなんだ」
意外な回答に、私は気持ちが軽くなった。
「今は、プロジェクトが一つ終わって、ホームリーブっていう一時帰国のための休暇なんです。まぁ、今週一度報告兼ねて、出社もしますけど」
「バリキャリってやつなんだね。まりん」
「その言葉、そのままお返します!」
「えー。私は、バリキャリというより、ユルキャリだなー」
「じゃあ、私もユルキャリですっ!」
さっきは気持ちが軽くなった気がしたのに、まりんと笑い合っていたら、期間なんて聞かなければ良かったと後悔した。
早速、この日々の終わりを意識して、少しだけ寂しい気持ちになった私がいた。
「三週間でも、桃夏さんの人生変えてみせますっ」
まりんの笑顔を見て、まりんのコンサルなら人生を変えられるような気がした。
「まりんになら、任せてみても良いかも」
私の一言に、まりんは嬉しそうな表情をした。
「まずは家計簿をアプリでつけることから、はじめましょうか」
早速、携帯電話にアプリをダウンロードしてみると、何かが始まったようなワクワクという感情を久しぶりに感じた私がいた。