第5話:「朝活と思い出」/NO(money+love) —私らしい人生って?—
まりんのコンサルを受けることとなった桃夏。
30歳を節目にどう変化していくのか!
前回 NOマネ第4話「Home Leave」
第5話「朝活と思い出」
部屋のドアを叩く音で、目が覚めた。
「桃夏さーん!」
まりんの声に、何事かと立ち上がりドアを開けた。
「どうしたの?」
部屋着姿のまりんは、生き生きとした表情で私をみた。
「今日から始めますよ!」
「えっ、なにを?」
「朝活です!」
目の前で、印籠を見せつけるかのように、まりんが時計を見せてきた。
「ちょっと待って、まだ夜中じゃん」
少し視界がボヤけている分、一度目を擦った後、短針が5時を指していることを確認した。
「朝活って、もっと7時とかじゃダメなの?」
キョトンとした表情のまま、まりんは首を傾げた。
「7時って、ほとんどいつもと変わらないじゃないですか」
「いや、けど5時って…。せめて6時じゃダメ?」
「目が完全に覚めるのを待っていたら、すぐ時間なんて経ってしまうので!早寝早起きのリズムをつけていきましょ。美容にも健康にも、遅寝遅起き生活は良くないですよっ。資産運用も、美容も、継続していかないと意味がないので」
「んー、分かってはいるけど…」
気乗りしない私の手をまりんは掴んだ。
「ほら!人生を変えていきますよっ」
少し力を入れて前に引っ張られ、部屋から一歩外に出た。
「顔洗っても良い?」
「どーぞ」
水で思いっきり顔を洗うと、寝起きよりかは視界がスッキリとした。
まだ外はうっすらと暗く、カーテンを閉めてあるリビングの机に何か資料を置いた状態で、まりんは待機していた。
私が席に座ると、まりんはノートパソコンを開いた。
「さてさて…」
「なんか、保険屋さんが家に来た時みたい」
「保険には、入っているっていう事ですか?」
「ううん。なんか、プラン持ってきてくれて、色々と説明してもらったんだけど結局断ったの」
カタカタと、私の言葉を聞いたまりんは、パソコンに何かを打ち込んだ。
「どの辺が、ピンと来なかったんですか?」
「んー」
保険屋さんの山本さんが、家に来た日のことを思い返してみた。
確か、あの時社会人1年目だった山本さん。
社会人になる前にアルバイトとして働いていたブランドの服を好いてくれていて、当時高校生だった山本さんは店舗に新作が発売される水曜日に、毎週通っていた。
いつの間に、雑談も弾むようになって、自他共に認める一番仲の良いお客様だった。
私が社会人になるという理由でアルバイト先を退職した日には、花束と手紙を持って店舗にきた山本さん。
お客様の域を超えて、妹のような存在だった山本さんに、お礼を兼ねて手紙に記載されていた連絡先にメッセージを送った。
そこからは、1年に1、2回、近状報告を兼ねて会っていた。
内定が決まった日には、報告メールを見て自分事のように飛び跳ねた。
内定祝いでディナーをご馳走した時には、少し照れくさそうな顔をしながら、「保険の営業をやることになりました!」と話してくれた彼女。
「保険を売れるようになったら、連絡してね!山本さんから、話しを聞きたいから」
そう言った私の一言に、顔を上げた彼女は少しだけ涙目だった。
「嬉しいです!ありがとうございます。独り立ちできるようになったら、一番に連絡しますね」
そして、その年の冬に近い秋頃に、保険の営業として独り立ちをしたという山本さんから連絡が入った。
たまたま予定が合った日の昼に、海斗から宅急便の受け取りを頼まれたのもあって、山本さんに家に来てもらった。
「なんで断ったんだっけなー」
思い返してみても、理由が見つからない。
「そこ、大事なところですよ!」
頬を膨らませたまりんに、私は山本さんの話しをした。
「山本さんに、連絡してみましょう」
「へ?」
「山本さんは、きっと覚えているはずです」
「私が保険を断った理由って、そんなに重要?」
まりんは、大きく頷いた。
「そこに、本音が隠れているからです。思考のネックを外してから、資産運用について考えていきましょ」
「けど、山本さんの保険断ったのって丁度2年前くらいだよ?」
ふわっと、まりんは笑顔を見せた。
「きっと、山本さん、桃夏さんから連絡きたら喜びますよ」
確かに、保険のお断りをした後は、後ろめたい気持ちが尾を引きずり、ご飯に誘うことがなくなってしまっていた。
2年振りに、私は山本さんの連絡先を携帯電話の画面に表示させた。