第3話:「2LDKとまりん」/NO(money+love) —私らしい人生って?—
まりんからのいきなりの電話で桃夏は一体どうなるのか…
前回 第2話「予想外のモーニングコール」
第3話「2LDKとまりん」
「わっ。桃夏さんのお家広い!さすが、三十路!」
三十路の一言に、「おいっ!」と、会って早々突っ込むことになった。
18歳の頃と大して見た目が変わらないまりんは、コロコロと大きなスーツケースを転がしながら、私の家にやってきた。
「ついつい、失礼しました。思っていたよりも、良い部屋だったもので」
ニコニコと笑う姿に、悪びれた様子はない。
けれども、一週間振りに私以外の誰かを迎え入れた私の部屋は、私が一人の時よりも、ずっと私の部屋らしく感じた。
「事情聴取といきますか」
まりんが家に到着したのが13時。
「お腹が空きました」と、お腹を押さえたまりんを見て、カツ丼の出前を注文した。
届いたカツ丼を机に並べて、いつも海斗が座っていた席に、まりんを座らせた。
「わぁー。初めて、出前のカツ丼食べます」
カツ丼の蓋を開けたまりんは、嬉しそうな顔をした。
私も自分の分の蓋をあける。
ホクホクと立つ湯気に、ここ最近で一番の幸せを感じた。
「で、なぜここに?」
リビングのコンセントには、電池が切れたというピンク色のまりんの携帯電話が刺さっている。
その奥には、大きなスーツケース。
大きなカツを一口で口に入れたまりんは、しばらく口に手を当ててモグモグとしたあと、口を開いた。
「帰る家がないからです」
帰る家がないなんて、一大事のはずなのに、呑気に言葉を発するまりんの姿に思わず笑ってしまった。
「智子おばさんに何かあったの?」
「そんなことはないです、ただ私の事情で…」
「じゃあ、その詳細を聞かせて」
「んー。話せば長くなりますよ」
ご飯をパクッと食べて、ニコッと笑う。
純粋無垢な雰囲気に、理由を問い詰める気が失せそうになる。
「時間は、たっぷりあるから聞くよ」
まりんのペースに飲み込まれてしまわないように、私は話しを前に進めようとした。
そんな私を前にして、「はい!」と、突然まりんは右手を挙げた。
「なに?」
「この家には、他に人が住んでいるんですか?」
「住んでないよ」
「じゃあ、これから誰か一緒に住む予定とか?」
「そんな予定もないけど」
箸をおいて、まりんは腕を組んで、「うーん」と首を傾げた。
「一週間前まで、彼氏と同棲してたの」
私の一言に、まりんは納得したようだった。
うんうん、と二回頷いたあと、カツ丼を手にとった。
「ちなみに、ここを借りているのは、桃夏さん名義ですか?」
「そう」
まりんの目が輝いた。
嫌な予感がして、慌てて口を開く。
「まさかだけど、ここに住もうとか思ってないよね?」
キョトンとした表情で、まりんはこっちを見た。
いたずらっぽい笑みを浮かべたあと、無言でカツ丼を頬張る。
「ねぇ、まりんさん?」
まりんは、器で顔が隠れるようにして、一気にカツ丼を平らげた。
食べっぷりの良さに、ただ驚いた。
この華奢な身体のどこに、カツ丼が消えていったのか。
私のカツ丼は半分以上残っているのに、まりんは食卓の上に米粒一粒すら残っていない食器をおいた。
その顔は、満足気だった。
「私、決めました」
「ん?なにを決めたの?」
「今日から私、ここに住みます」
シャキッと立ち上がって、まりんは頭を下げた。
「今日から、お世話になります」
「えっ、ちょっと」
まりんは、私の左手を両手で包んでニコッと笑った。
「家賃は半分払いますから」
「そうじゃなくて」
「えっ。ダメなんですか?」
まりんの目に、涙が浮かんだのを見て、ウッと身を引いた。
「駄目ではないけれど…」
涙目だったのが、一瞬で笑顔になったのを見て、完全に掌の上で転がされている気がした。
「じゃあ、宜しくお願いします!」
「いや、けど、理由は聞かせて貰わないと…」
まりんは、自分のスーツケースと携帯の充電器を持ってキョロキョロしている。
「なに?」
「ご飯食べたらお腹がいっぱいで眠くなっちゃって。彼氏さんが使っていた部屋ってどこですか?」
まりんが、スーツケースを持って立っている横の部屋を無言で指した。
嬉しそうに笑ったまりんは、部屋のドアノブを開けて荷物と共に部屋に入った。
「ちょっ…」
「今日から、お世話になります!」
最後に一言元気に言ったあと、まりんはパタンとドアを閉めた。
静かになったリビングで、空のカツ丼の食器と、半分以上残っている私のカツ丼。
−まぁ、24歳の若い子だし、3日もすればいなくなるっしょ。
とりあえず、私は残っている自分の分のカツ丼を食べた。
海斗と初めて同棲することになった日より、なぜか前向きな気持ちの自分がいた。