第2話:「予想外のモーニングコール」/NO(money+love) —私らしい人生って?—
30歳の節目を迎えた桃夏のもとに、6年ぶりの訪問者が現れる。
この再会がもたらす運命とは…
前回 第1話「スムージーと私」
第2話「予想外のモーニングコール」
「おはようございます!お久しぶりです!」
アラームが鳴ったと思って、手にとった携帯電話。
見知らぬ番号が表示される画面に、時間も確認せず、慌てて耳にあてた。
「あれ?桃夏さん、もしかして寝起きですか?」
自分の名前を呼ばれて、寝起きの頭が活動を始めた。
可愛らしい女性の声。若い声。
脳内リストをザッとスクロールしてみた結果、思い当たる人が全くもって思い浮かばなかった。
「んー。すみません、誰でしたっけ?」
「えー!!」
電話の向こう側で、女の子が頬を膨らませた姿が想像できた。
「まりんです。南山まりん!」
制服姿の、目がクリッとした少女の姿がパッと浮かんだ。
「えっ、まりんちゃん?すっごい久しぶり。今何歳になったの?」
「今月24歳になっちゃいました」
「24歳になっちゃいましたって…。今月で30歳になった私に言っちゃう?」
「あら!三十路!めでたいです」
子猫という言葉が、似合う女の子。
初めて会ったとき、その当時9歳だった私の足にガバッと抱きついて、上目遣いで私の顔を見てきた。
出会って数分で、私のハートは撃ち抜かれた。
3歳のまりん。9歳の私。
私たちは、24歳と30歳になっていた。
「で、急に連絡してきてどうしたの?」
時計を確認すると、朝の8時だった。
日曜日の朝。
海斗がいなくなって、丁度一週間。
今日だけは、早起きはしないと決めていたのに、結果的に目覚めてしまった。
携帯電話を耳にあてたまま、私は布団の中に潜った。
「確か桃夏さんと前に話したのって、私が18歳の時ですよね?高校の卒業式のあと、洋子おばさんも一緒に、ご飯行ったやつ」
お母さんの妹の娘。
普通に生きていたら、自由人のまりんと、生きるのが下手くそな私の人生が交差することは、ないように思えた。
血が繋がっていなかったら、100パーセント出会うことのなかった子。
「私たちって、従姉妹ですよね?」
「そうだよ」
「血が繋がっていますもんね」
「そうだよ。なんで?」
話している空気感で、まりんがきゅっと私の裾を握ってきたような気がした。
少しだけ、嫌な予感がした。
「実は私、今成田にいて」
「そうなの?どこか旅行でも行くの?」
「いや、さっき帰国したんです」
もう一度時計をみた。
8時7分。
帰国して、すぐに電話をする相手が自分であったことに違和感しか感じなかった。
まりんは、ゆっくりとした口調で繰り返した。
「さっき、帰国しました」
「それで、なんで私に電話をかけてきたの?6年振りに」
潜り込んだ布団の中から、私はゆっくりと顔を出した。
朝の空気。
毛布に包まれながら、朝から電話をするなんて、久しぶりの出来事だった。
まりんが、「ん〜」と電話の向こうで伸びをしているような声が聞こえた。
「簡単に言うとですね」
「うん、何?」
「帰る家がないのです」
ダンボール箱に入っている捨て猫を想像して、私はまだ自分が寝ぼけているのだと痛感した。
日頃の疲れも、だいぶ溜まっているのかも知れない。
「あれ?桃夏さん?」
受話器の向こう側のまりんは、不安そうな声を出した。
「なんか、状況が読み込めなくて、頭の中がフリーズしたみたい。帰る家がないってどういうこと?智子おばさんのお家って、確か吉祥寺だよね?」
オレンジ色の一軒家。
遥か前の記憶を思い返した。
「いや、けど…」
まりんの話し方的に、少しだけ深刻そうな問題を抱えているような気がした。
独特な空気感に、パチッと完全に目が冴えた。
布団から出て、私はベッドに腰を下ろす形で座って、受話器を耳に当て直す。
「何かあったの?」
「あの…えと」
「どうしたの?」
「あのっ、実は、電池がもうなくて…」
まりんは、本当に困っているようだった。
「事情は、あとでゆっくり話すので、住所だけ教えて頂いても良いですか?」
住所を教えて電話を切ったあと、いつもの部屋に、私は一人だった。
床に落ちている、昨日着たワンピースを見て、ハッと我に返った。
「掃除しなきゃ。まりんが来る!」
海斗がいなくなってから、一週間。
まさか、こんなにも早くに自分が部屋の大掃除をする羽目になるとは思わなかった。
空気の入れ替えで開けた窓の向こう側。
ふんわりと部屋に入ってきた夏の空気を、大きく息を吸い込んだ。
一週間前と同じように、綺麗な青空が広がっていた。