第8話:「不明金の行方」/NO(money+love) —私らしい人生って?—
過去を振り返った桃夏。
まりんの力で人生を変えることはできるのか。
前回 第7話「過去のネック」
第8話「不明金の行方」
「心音さんにも再会して、過去のネックも分かったので、一度生活の中でのお金の動きについて考えてみましょー!」
歯磨きと洗顔を済ませて、まりんの前に座る。
パソコンを前にメガネ姿のまりんは、いつもよりも真面目そうな雰囲気だ。
「今日、出社するんだっけ?」
コクンと頷いたまりんは、少し緊張しているような面持ちだった。
「Up or Outの世界なので、やっぱり久しぶりに出勤だとドキドキします」
「そっかぁ。クビ宣告とかされるのって、どういう時なの?」
一瞬黙ったまりんは、苦いものを食べた時のような表情をした。
「プロジェクト期間中は、基本的に大丈夫です。けれど、そのプロジェクトで評価が下されるので、プロジェクトが終わって次のプロジェクトに向けての準備期間が一番危ういですね…」
「もしかして…」
「その、もしかしてです。今の私の状態が、一番危険です」
両手でバッと自分の顔を覆ったまりんは、手を下にゆっくり下ろすと、舌をちょろっと出して笑った。
「なんちゃって!」
「え。どういうこと?」
「いつYou are outとか言われても動けるように、色々と考えて行動してあるので大丈夫です。クビを恐れて、パフォーマンスが落ちたら元も子もないじゃないですか。そのくらい割り切っていかないと、不安だけで勝手に疲れちゃいます」
「大変そうだなぁ」
まりんは、トントンと自分の肝臓部分を叩いた。
「肝っ玉が据わっているので、心配無用です!」
「なんか、まりんってモモンガみたい」
上半身ごと傾けて、まりんは大きく首を傾げた。
「小さい頃、モモンガが飛ぶ姿を初めて見た時すごい衝撃だったんだよね。こんなに小さくて可愛らしい見た目なのに、こんなに豪快に飛ぶんだ!って驚いちゃって。まりんも一見か弱い女子なのに、めちゃくちゃパワーあるし同じ衝撃を覚えた」
「猫とか言ってくる人は多いですけど、モモンガは初めて言われました!けど、モモンガなら嬉しいです」
大きく両手を広げたまりんは、おかしそうに笑ったあと、時計を確認してポンっと手を打った。
「よし!時間は有限ですからね。スモールトークはこのくらいにして、本題にはいりましょうか。昨日の宿題覚えてますか?」
昨日、山本さんが帰ったあと、まりんは宿題として月々の支出を今までの家計簿を見ながら
「もちろん。昨日の会社の休憩時間にバッチリ」
ルーズリーフに書き写したものを渡すと、まりんは「おぉ」と小さく声を上げた。
「使途不明金が月に7万円は、多いですね。けど、これ先月のでしたっけ?」
「そう。ここに越してきてからは、ずっと海斗がいたから…」
「家計簿のデータも2人分っていうことですよね。これ、今月からは無くせそうですか?」
週に1万円以上、なんだかんだで海斗に渡していたような記憶を思い出した。
泥酔したから迎えに来て欲しいと呼ばれて駆けつけたところ、海斗が後輩に
「無くせると思う」
—海斗との思い出も、全部全部消えちゃえば良いのに。
海斗のことを思い出す度、惨めな気持ちになった。けれど都合の良い女のポジションにドハマリしたバカな女は、私だ。
「心音さんが、以前のネックを彼氏ネックって言ってましたからね。使途不明金も、ネックもなくなって、資産運用について考える良いタイミングですね」
「良いタイミングかな?今まで、全然貯金とかも出来てないのに?」
思わず、本音が漏れた。
前向きなまりんを前にして、過去の経験から後ろ向きな気持ちになっている私がいた。
お金について考える度、海斗が
「まりんに任せて下さいって、言ったじゃないですか。むしろ、今気が付いてラッキーです。一生気が付かない人だって、世の中いますもん。自分では気が付いていないかも知れませんが、桃夏さんは十分大きな一歩を踏み出してますよ」
まりんは、私のルーズリーフに大きく『3万円』と書き込んで、私に渡した。
「3万円?」
「使途不明金の7万円は無くなるとの事なので、まずは月々3万円を資産運用にまわしていくのが良いかと思います。目安として、3万円っていうのは、覚えておいて下さいね」
私は、ルーズリーフを改めて見た。
「月々3万円で、資産運用って出来るの?」
まりんは、誇らしげな顔をして大きく頷いた。
「3万円じゃなくて3000円位からでも、始められますよっ。字のごとく、資産を運用していくことですからね。少ない額でも、運用にまわせば資産運用です。早い内から、お金に働いてもらって未来の生活を少しでも豊かなものにするようにした方が賢い選択だと思います。海外に行って、日本人の投資意識の低さに危機感を覚えましたもん」
3000円からでも、出来てしまうもの。
私の中での「資産運用」のイメージが、まりんの言葉で少しずつ解れていく感覚がした。
「資産運用って、お金に余裕がないと出来ないイメージだったから、なんか意外かも。どうしてもハイリスクハイリターンのイメージで、自分には縁がないものだと思ってた」
真面目な表情で頷いたまりんは、言葉を選ぶようにして話し出した。
「どうしても、先入観というか、固定観念っていうものが存在しちゃっているのは仕方ないと思います。私たちの親世代なんかは、バブルを経験していますし、定期預金の金利が高い時代を生きてきていますからね。財布の紐が緩かった分、詐欺みたいな運用の話しにも飛びついて、大損した人が多かった時ですから、資産運用について良いイメージを抱いていない人が多いです。けれども、時代は、変わっていきますからね」
「そっかぁ。確かに、私も親に貯金しなさいって言われて育ってきたなぁ」
「洋子おばさんもですか?やっぱり、姉妹ですね。私のお母さんも貯金信者です!」
楽しそうに笑ったまりんを見て、従姉妹同士だったことを改めて思い出した。
「そういえば、私たち同じ血が流れているんだねー。不思議」
まりんは、「ふふっ」と小さく笑った。
「貯金信者の考えを
「いいねぇ。ね、まず何から始めたら良いの?」
「んー。桃夏さんは、経済とかそういった
「いや、全然無知です」
オッケーサインをした、まりん。
「そしたら、どうして今お金について学んでいくかを考えていくところから始めてみましょうか。簡単な資料を作っておきます」
「はい、よろしくお願いします。お手数お掛けします」
まりんに向かって、深々と頭を下げた。