第11話:「まりん先生」/NO(money+love) —私らしい人生って?—
とっても知識が豊富なまりん。
資産運用の歴史を紐解くと面白い過去を知ることに…
前回 第10話「一週間記念」
第11話「まりん先生」
「よし、今日はお金の運用を考えるにあたって、基礎的な話しをしようと思います」
「もしかして、この前資料作っておくって言ってたやつ?」
「それです!けれど、見せる資料というよりも、私が話すための資料をまとめたので、必要そうな部分だけメモして下さいっ」
向かい合ったまりんは、キリッとした表情をした。
今朝の朝活のお供は、ミントティー。
ミントの香りに、気持ちも少しシャキッとした気持ちになる。
「よろしくお願いします」
机の上にノートを広げた。
「今回は、経済の歴史について学んでいこうと思います!桃夏さんは、ジョン・ローっていう方ご存知ですか?」
「ジョン万次郎ではなく?」
私の返しに、まりんは手を横に振りながら可笑しそうに笑った。
「ジョン万次郎は、日米和親条約の締結に尽力した日本人の方ですよね!ジョン・ローは、ジョン万次郎よりも時代も古いですし、スコットランド出身の方です。桃夏さん、お金とは信用だ、っていう言葉知ってますか?」
「それは、聞いたことある!」
「この発言を初めてした人が、ジョン・ローなんです。この当時は、お金のことはゴールドを指していて、紙幣はいつでもゴールドと交換出来るという条件で発行されるような、あくまでもゴールドの代わりの存在でした。ジョン・ローは1729年に亡くなっているのですが、この概念が変わったのは1971年のドルショックと言われています。ジョン・ローは遥か昔にお金の価値はゴールドに裏打ちされたものではなく、信用によるものだと見抜いて、フランスで国営銀行を作った人なんです」
まりんが、私の方にパソコンを向けてきたので画面を覗き込んだ。
「これが、ジョン・ロー?」
「髪の毛、すっごいですよね」
ミントティーのカップを持ちながら、まりんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ジョン・ローは、結果的にバブル初期のような状態を起こしてしまい、歴史から姿を消してしまうんですけど、このジョン・ローの考え方がその後のマネー経済を作っていくんです。ジョン・ローが亡くなってしばらく経ってから、マネーとは信用なんだと人々が気が付いて、金融テクノロジーが発達していきました」
私は、自分の頭の中に微かに記憶として残っていた歴史年表を17世紀に合わせた。
「ねね、ジョン・ローが活躍していた時代って、日本は江戸時代だよね?その頃、日本ではどういう動きがあったの?」
「日本では、17世紀のはじめの
「へー!先物取引って、そんな前からあるんだ!」
「株も昔からありますよー!昔習ったと思うんですけど、最初の株式会社は1600年のイギリス東インド社です」
「あ!そっか。株とかの考えも、そんな昔から存在してたのか…。社会人になってから、資産運用とかそういう言葉が身近になってきたから、なんか最近の流行りのような感覚がしちゃってたけど、資産運用って長い歴史があるんだね」
「そうですね。東インド社が出来上がるまでは、王族や貴族が探検家にお金を出資して、それを元手に探検家が航海に出て、現地で香辛料などを買い求めて戻ってきて、それを売り払った分を山分けする…といった形で、途中で船が沈没したりする可能性を考えると高リスクでした。そこで、少数のお金持ちだけが出資するのではなく、色々な人からお金を募って、出資した金額に応じて利益を分配するというシステムを取り入れたんです」
「すごいね。そっか、そんな昔から…」
「資産運用って、よく分からないから怖いって言う方多いんです。私の同世代の友達とかでも、そういう人が多くて、結局は貯金という安パイに走っちゃうんですよね。けど、国だってお金を運用してますし、昔からある仕組みなんです」
髷姿の男性も、運用について考えていたとは…。
なんだか、久しぶりに歴史の勉強をしたくなった。
「昔から仕組み自体は存在していますが、失敗して大金を失っている方も多いので、ある程度知識をつけることも大切なコトですよ!ただ、今は金融商品の数がとっても多いので、自分にとってどんな運用法が合うかは、人によってそれぞれだとは思います。ファッションに好みがあるように、運用法にも好みがありますから、自分が良いと思えるもので運用していくのが一番です」
「ハイリスクハイリターンが好きな人もいれば、ローリクローリターンが良いって言う人もいるもんね」
まりんは、パチンと指を鳴らした。
「それですっ!限界効用逓減の法則って、ご存知ですか?」
聞きなれない単語に、思わず硬直してしまった。
誤魔化すようにミントティーを飲むと、まりんは言葉を続けた。
「例えば、桃夏さんがすっごく喉が渇いていたとします。その状態で、私が麦茶を一杯差し出したら、どうですか?」
「ゴクゴク飲んじゃうと思う。しかも、いつもよりも美味しいかも」
「二杯目はどうですか?」
「まだ飲めそう」
「三杯目は?」
「うーん、飲むスピードは落ちそうだなぁ。てか、そんなに飲めるかな?」
三杯飲んだところで、お腹がタプタプになりそうな気がしてきた。
「四杯目は、どうです?」
「いやー。きついなぁ」
四杯の麦茶。
想像しただけでも、水腹になりそうだ。
「限界効用逓減の法則は、簡単に説明すると、回数を重ねていけばいく程、満足度は減っていくということです。つまり、人は慣れる生き物であり、飽きていく生き物でもあるということでもあります。一回目の次に飲むものは、前回の満足度は超えることは出来ないっていう」
「あー。分かるなぁ」
昔から高いところが好きだったのもあって、都庁の展望台に初めて行った時には、心の底から湧き上がる感動に涙が出そうになった。
けれども、二回目に行った都庁は、一回目よりも感動が少なかった記憶がある。
「ハイリスクハイリターンでも、沢山儲かった方が良いっていう方は多いですけど、お金が増えてその状態に慣れてしまうと、人間はまたその先じゃないと満足出来ないように出来ているんです。しかも、プリンストン大学のカーネマンとディートンの調査で、所得が約750万円以上超えると、お金と幸福度は比例しなくなるっていう調査結果も出ているんですよ」
「お金が増えれば幸せ!っていう単純なものでは、ないんだね。自分に合った運用法、考えなきゃ」
私のカップが空になったのを見て、まりんはミントティーを注ぎ足してくれた。
確かに、一回目よりも香りを感じない。
「ね、まりん!私、さっそく限界効用逓減の法則を感じた!」
手で湯気を煽った私を見て、まりんは楽しそうに笑った。