第12話「老後とお金の関係性」/ちゃんちゃんCO

ちゃんちゃんCO

前回 第11話「恋のSWOT分析」

12話:老後とお金の関係性

瞼の重みが残るまま、日曜日の老人ホームを訪ねた。

—世の中にセミナーって沢山種類があるはずやのに、アホなことしたな。

玲奈さんに対する後ろめたさがあったからか、セミナーのポスターを見つけた時には、つい興味を示してしまった。
休日の使い方としての選択ミスを感じながらも、断る理由もなく迎えた今日。
期待なんて、全くせずに来た。
けれど、案内をしてくれる聖子さんの後を追ってたどり着いたセミナールームに足を踏み入れて、小さく息を漏らしたのと同時に、自分の気持ちが前向きに変わったのが分かった。

「今、老人ホームぽくないなって思ったでしょ?」

僕の顔を覗いて、聖子さんは楽しげに笑った。
白い肌に細かい皺を浮かべながらも、少女のように聖子さんは笑う。
“年齢を重ねると人生が顔に出る”という言葉を思い出しながら、僕は大きく頷いた。

「正直、僕が普段使っている会議室より綺麗です」

「ふふっ。以前は、アンティーク調の会議室だったのよ。白いレースのカーテンがかかっていて、ヨーロッパ調の家具が置いてあって。いつもテーブルの真ん中には綺麗なお花が飾られていたの。けれど、あまりニーズがあった訳ではなかったから、来客用の部屋と小さめの会議室と大きめの会議室の3部屋があったところを2年前に思い切ってセミナールームにしちゃったって訳」

「だからこんなに広くて、綺麗なのか…。納得です。けれど、3部屋を1部屋にしたのって、だいぶ思い切りましたね」

「設備も揃えてあるお陰で、レンタルスペースとしての需要も高いみたい。平日だと、スーツを着た会社員の人が沢山くることもあるの」

60人くらいは収容できそうな広さに、ホワイトボードとプロジェクターとマイク。
駅から徒歩5分の好立地。
効率よく貸し出せば、それなりの収益が上がりそうなことは素人でも何となく予想できた。

「ここは運用をきちんとやっているから、愛されている老人ホームなのよ」

「だから、お金のセミナーも?」

僕の言葉に、聖子さんはコクっと頷いて「そういう事よ」と短く答えた。

「…そういえば、今日って何人くらい参加する予定なんですか?」

「35人くらいって聞いているけどね。…あっ、ほら、あそこにまりんちゃんが座っているじゃない!」

「まりんちゃん」というワードに反応した南山さんは、こっちを振り向き、聖子さんの顔を見るとパッと笑顔を見せた。
僕にも気付いたようで、小さく会釈をされたので、軽く頭を下げた。
笑顔に吸い寄せられるようにして南山さんの方に歩いていく聖子さんを追った結果、自然と南山さんの隣に座る流れになった。

「同じセミナーに興味を持ったなんて、何か運命的じゃない? 意見交換とかして、私達にも若者の意見を共有して頂戴。私たちにとっても、あなた達2人が仲良くなってくれた方が都合が良いのよ。あっ、あくまでも友達っていう意味で言っているだけで、恋人同時になれって言っている訳ではないから、ババハラとか言わないでね」

「ババハラって…」

思わず、南山さんと目を合わせて笑ってしまった。
その様子を見て、聖子さんは嬉しそうに目を細めて笑って、僕の背中を二回ポンポンと叩いた。

「良いじゃない! しっかり学んで、後でフィードバックを期待しているわよ」

聖子さんがいなくなると、南山さんの横に残された僕は、沈黙の中に若干の気まずさを感じた。
前に座っている白髪の男性は、鞄から取り出した老眼鏡をかけて、机に置いてある資料を手に取っている。
埋まっていく席に腰掛ける人々が高齢者であることを確認することに飽きたタイミングで、横の南山さんに話しかけた。

「南山さんって、お仕事は何をしているんですか?」

資料から目線を上げた南山さんの瞳には、少女のような純粋さの奥に人生の深さを想起させるような独特な美しさがあった。
喉の詰まりをとるように、僕は小さく咳をした。

「仕事は…」

自分の仕事を南山さんが答えようとしたタイミングで、入り口から前回「スタッフ」の札を下げて南山さんと一緒にいた女性が入ってきた。

「あら!やっぱり皆様、ご優秀な方々ばかりなんですね。お陰様で、今日もお時間ぴったりにスタートできるので、嬉しい限りです。今日の講師を務めさせて頂きます、河内和子と申します。お時間としては、本日導入部分ということで1時間ほど予定しておりますので、よろしくお願いします」

南山さんの方を見ると、河内さんの話しに真剣に耳を傾けているようだったので、一度机の上に置いてあるボールペンの位置を整え、聞く姿勢を改めた。

「ちなみに…、お気付きの方が多いかと思われますが、本日は私の歳の離れたお友達も若者代表としてご参加頂いています。お二人は、実際の老後の現状を知って、自分自身の未来に向けた資産運用に役立てたい、という方々なので、是非今日は皆さんのお話をお二人にどんどん発信してくださいね」

視線が集まったのを感じながらも、その視線には棘がなく、人生を長く生きた厚さと温かみを感じた。
南山さんが笑顔で軽く頭を下げたのを見て、自分も同じように頭を下げた。

「早速ですが、今日集まった皆様は少なからず、お金の運用について興味がある方ということですよね?現在の日本の平均寿命は、男性が約81歳。女性が約87歳というデータが出ていますが、今日頂いた出席者データで割り出した本日の平均年齢は68歳でした。今いらっしゃる多くの方が、後15年生きれば平均寿命を追い越してしまう。そんな状況で、こちらのセミナーを受講されている理由も、若者から見たら不思議だと思うんです。この機会に今日いらした理由を皆様の前で、発表いただけますでしょうか?」

なかなか実際に高齢者の方の現状を聞く機会もないと思うと、自然とメモ帳を広げ、ペンを持っていた。
後方の席に視線を向けた河内さんは、「では、山崎さんお願いします」と笑顔で頷いた。
首を後ろに向けると、深緑色のニットベストを着ている白髪の男性が立ち上がった。

「私は、もともと銀行勤めですからね。老後の資金作りに関しては、そりゃ若い頃から気を遣っておりました。祖母から戦争中の悲惨な話しもよく耳にしておりましたから、大きな無駄使いせず、積極的に貯金をしてきたんですけどね。ただ、結婚して、子供ができて、家を買ったり、子供が習い事だの、塾や留学へ行きたいだの、想定外の出費が正直多かった。てんやわんやの人生でしたけれどね、昨年から完全に会社員を引退して、人生で久しぶりに責任がなくなったんです。手元には、予定より少し少ない退職金が残りました。自分の人生は、もう長くないかもしれませんが、だからこそ今一度自分の資産運用を学んで、人生を謳歌したいと考えたのが参加理由です」

背筋をピンと伸ばし、言葉を選びながら語る山崎さんからは、人生を真っ当に生きてきたからこそ感じさせる独特の信頼感を兼ね備えていた。

山崎さんにお礼を伝えた河内さんは、今度は手前の方に座っている女性の方を指名した。
赤紫色のジャケットと明るい茶髪のショートへアが印象的な女性は、河内さんに向かって頭を下げた後に、綺麗な姿勢で後方の人に向かってお辞儀をした。

「正直、お話させて頂きたいと思っていたので、和子さんに当てて頂いて光栄です。私は、前にもこの講座に参加させて頂いたことがあって。その時に相続のお話しが出て、その日から相続について悩んでいます。正確には悩みというよりも、考えて勉強しているっていう程度の方が正しいかもしれないけれど。前回出て、相続のことを考えなきゃいけない年齢になっているんだ、と気が付くことが出来ただけでも、自分にとっては有り難かったんです。なので、本日も参加させて頂きました」

「終活」という言葉を耳にする機会はあったものの、相続については別世界の話しくらいに遠くに感じていた自分が過去のスタンダードだったのに、いきなりリアルな問題として自分の前に「相続」が現れた。

この不思議な感動を分かち合いたい気持ちが前に出て、つい小声で話しかけようとして、南山さんの方に首を向けた僕は、そのまま自分の唇をギュッと閉じて、ゆっくりと首を河内さんの方へと戻した。

真剣な顔をして、何かを考えている南山さんの姿を見て、青春時代が戻ってきたかのように、心臓がバクバクと動き出したからだ。

どうしてこんな気持ちになったかが分からず、しばらく心ここにあらず状態で、河内さんの話しを聞いている振りをしていた。
配られたプリントに丸いモヤモヤを記入しながら、時間が過ぎていった。

第13話「帰り道と約束」

みかみ

パグ犬愛好家。 趣味は、投資。夢は、世界を虜にする小説家。

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