第5話「バニラティーと3人」/ちゃんちゃんCO
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第5話「バニラティーと3人」
「えっ?なんの話しをしてたの?」
⾃分が原因で夏月さんが黙ったことに気がついた桃夏さんは、バニラティーをティーカップに⼊れながら⾸を傾げた。
薄っすらと上がった湯気と共に、バニラの匂いが部屋に充満する。
私が⽣活していた時と同じように、リビングに置かれている花が⽬に止まった。
新しい花瓶にきちんと活けられた花はイキイキとしている。
「実は、桃夏にも話していないことがあってさ」
夏⽉さんの発⾔に、机にティーポットを置いた桃夏さんはキョトンとした表情をしながら、夏月さんの隣りの席に座っ た。
「なになに?なんか、怖い」
「私も、気になります!」
思わず私も、⾝を乗り出した。
「いや、さっきね、誕⽣日が同じなんですよね?って、まりんちゃんが聞いてきて、そこで改めて思い出したんだけどさ。俺、桃夏と出会う前から実は桃夏のこと知ってたんだ」
「へ?」
「えっ?」
私と桃夏さんは、⼝に手を当てた状態で顔を見合わせた。
「どういうこと?」
驚いた表情のまま、桃夏さんが夏月さんを見た。
「俺、妹がいるんだけど、妹が昔よくリビングに雑誌を置いていてさ。ある⽇なんとなく雑誌のページを捲ったんだよね。そしたら新⼈モデルがデビューした号だったみたいで、可愛い子が目に入ったからプロフィールが出ているページを見たら…」
チラッと桃夏さんを⾒た夏⽉さんを⾒て、思わず息を飲んだ。
「それって、まさか!」
脳裏にはハッキリと、私も⾒た記憶がある桃夏さんのプロフィールページが浮かんでいた。
あのページを同じ時期に、夏月さんも見ていたとは…。
「そう。まさかなんだけども、あの合コンの日、桃夏っていう名前を聞いて思い出したんだ。誕⽣日が同じ、モデルさんがいたなって」
「えー! ちょっ…」
⾚い顔が少し覗く形で、桃夏さんは自分の両⼿で顔を隠してしまった。
「それは、すごい偶然ですね」
「俺も、誕⽣日聞いて確信したあと、テンション上がってきちゃってさ。一回席外して、トイレて思わず画像を確認しちゃった」
嬉しそうに話す夏⽉さんを前に、桃夏さんは⾚くなった顔を両手で隠しながら足をバタバタとさせて悶えていた。
「あーもう。なんか、すっごく恥ずかしい! なんで、あの時は黙っていたの?」
「だって、あの場で言っちゃっても、今みたいに絶対なったでしょ」
桃夏さんは、少し悩んだような表情をした後に、納得したように頷いた。
「まぁ、確かに…」
「⾔うタイミングを逃していただけなんだけど、なんかごめん」
正直、⼆人の会話なんて右から左へと流れていってしまっていた。
夏⽉さんから衝撃的な話しを⽿にしてから、ずっと⿃肌が⽴っていた。
改めて事実として⾃分の中で落とし込んだ時に、⽬の前が滲んで⾒えた。
「とっても素敵なエピソードで、感動しちゃいました。運命的ですね」
私を⾒た桃夏さんは、少し驚いた顔をした後に嬉しそうに笑った。
「まりん、泣かないでーっ」
笑ったつもりが、涙がポロっとテーブルに落ちた。
「なんか、すごい奇跡だって思ったら、感動してしまって」
近くにあったティッシュで慌ててテーブルを拭くと、またポタポタと続けて机に輪が出来た。
不思議と私の心は、桃夏さんの前だと素直に動く。
「今⽇は、嬉しいことが多かったので。嬉し泣きってやつです」
⿐水も出てきたので、急いでティッシュを手に取る。
桃夏さんの今までの⼈生で感じていた苦しみが、ほんの少しだけ分かるからこそ、涙が⽌まらなかった。
桃夏さんを残して、家を出た私だからこそ。
あんなに⼼苦しい気持ちで、アメリカの地を踏んだのは始めてだった。
しかも、こんなに早く戻って来るとは思っていなかった東京に、今いる自分を⾃分の中で処理しきれていなくて。
桃夏さんも、同じような境遇だった⼈だからこそ、幸せを掴んだ桃夏さんが私にとっては希望に見えた。
苦しい時でも、⾒てくれている人がいる。
そんなことを夏月さんの言葉から感じて、こっそりと弱い⾃分まで重ねていた。
「いろいろと、まりんには心配させちゃってたんだね。私のことを想ってくれて、本当にありがとね」
桃夏さんの手が、優しく私の頭を撫でた。
「なんか、女同⼠ってドロドロなイメージだったけど、こういう美しい間柄もあるんだね」
感⼼したように話した夏⽉さんに、私と桃夏さんは笑ってしまった。
「変なドラマの見過ぎ」
「そうですよっ。これが普通です」
「えー。そう?」
なんだか良いことがありそうな予感を感じながら、私はスッキリとした気持ちでバニラティーを飲んだ。