第15話:「エレベーターでの偶然」/NO(money+love) —私らしい人生って?—
まりんに背中を押されマネーセミナーへと参加した桃夏。
そこで出会った偶然が桃夏の運命を変えていく…
前回 第14話「360度東京」
第15話「エレベーターでの偶然」
「あっという間の2時間でしたね」
エレベーターのボタンを押したまりんは、振り返るとニコッと笑った。
「少人数っていうのも良かったよね。質問しやすかったし、勉強になったなぁ。本当に、無料で良いのかな?」
まりんが前々から気になっていると言っていたマネーセミナーは、新宿の好立地のオフィスビルで行われている上に、無料でコーヒーとパンもご馳走になれるものだった。
焼きたてのパンの美味しさに、ついマネーセミナーに来たという目的も忘れそうになりそうな位だった。
「情報は、良い情報を見つけた者勝ちですからね」
ピースサインをしたまりんを真似て、私もピースサインをして笑った。
「なんだか、楽しそうですね」
背後からした男性の声に、私とまりんは同時に振り返った。
長身の男性が二人、立っていた。
一人は白いワイシャツに七部袖のジャケットを羽織っていて、もう一人は白いズボンに紺色のポロシャツ。
二人とも、爽やかな夏の装いをしている。
「あっ、さっきセミナーに参加されていた方…」
私が呟くと、ジャケットを着ている男性が頷いた。
「お二人の斜め後ろくらいに、座ってました」
「おい!そんなこと言ったら、ストーカーみたいじゃん」
ポロシャツの男性のツッコミに、思わずまりんと目を合わせて笑ってしまった。
二人の仲が良いのが、窺える。
口を開けたエレベーターに、4人で乗り込んだ。
「お二人は、お友達なんですか?」
まりんが聞くと、二人は頷いた。
「中学時代からの友人です」
「わー!長い付き合いですね」
「まぁ、そんなに仲良い訳じゃないけどね。こいつが、自分の彼女がセミナー講師やるから、一緒に来て欲しいって頼んでくるから…」
「それ、今言うことなくない?けど、だって、一人で行くのもなんか恥ずかしいでしょ」
ポロシャツを着ている男性がジロッとした目でジャケットの男性を見ると、ジャケットの男性は恥ずかしそうに笑った。
「さっきの講師の方の彼氏さんって事ですか?」
「そういうこと!こいつ、あの人と学生時代から付き合ってるんです」
なんだかめでたい雰囲気に、私とまりんはジャケットの男性に小さく拍手を送った。
「一回別れているんですけどね。今年の6月からヨリを戻しました」
エレベーターが1階に着いたので、私たちは降りた。
ポロシャツを着た男性が時計を見て、そのままジャケットの男性にも時計を見せた。
「腹、空いてません?」
私とまりんも、時間を確認した。
12時46分。
パン一つ食べただけで、まだお腹に空きはあった。
「お腹、空いてます!」
私が答えるより前に、まりんが答えた。
「もしよければ、食べてから帰りませんか?」
「賛成です。桃夏さんも、特にこの後予定ないですよね?」
「うん、ないけど…」
「決まりですね!」
まりんは、嬉しそうに微笑んだ。
ジャケットの男性お勧めの店ということで、私たちは近くのメキシコ料理屋に入った。
「そういえば、まだ自己紹介もしてないですよね?」
それぞれ注文を終えたところでポロシャツの男性が切り出した一言に、私達は頷いた。
「ちなみに、こいつは高柳大介です。俺と同い年で28歳」
「あっ。先に、俺の紹介しちゃう感じ?」
高柳さんは、少し戸惑ったような表情をしながら笑った後、私とまりんに向かって小さく会釈をした。
「俺の名前、覚えてる?」
「槙本真也」
「正解!」
グットサインを出した槙本さんを前にして、高柳さんは小さい声で「茶番か…」と呟いた。
二人のやり取りを前にして、私とまりんは顔を合わせて笑った。
「大介さんと、真也さんですね。南山まりんです!よろしくお願いします」
三人の目線が私に向けて集中したので、私は慌てて口を開いた。
「中園桃夏です。よろしくお願いします」
高柳さんは、私とまりんの顔を見て二回頷いた後に、少し不思議そうな顔をして首を傾げた。
「お二人は、お友達同士ですか?」
「いえ、従姉妹同士なんです」
私の答えに、高柳さんと槙本さんは驚いた顔をした。
「従姉妹同士で、マネーセミナー!え、どういう流れでそうなったんですか?」
前の彼氏がヒモみたいなクズ男で…、そういう説明をしようと口を開いたところ、先にまりんが明るい声を発した。
「一人で行くのが不安だったので、桃夏さんに付き合って頂いちゃいましたっ」
ニコッと私の方を向いて笑ったまりんを見て、私は頷いた。
「なるほど!良いキッカケですね」
「今回、まりんが声を掛けてくれたお陰で話しを聞けたので良かったです。資産運用って難しい話しかと思っていたら、意外と身近なんだなって。私の同世代の人とも、もっと共有していきたい知識だなって思いました!」
「確かに。俺も大介に誘われなかったら来てなかったと思うけど、これから先に必要な知識が身に付いて良かった。誘ってくれて、ありがとな」
槙本さんの改まった言い方に、高柳さんは少し照れくさそうな顔で笑った。
「講師の児玉さんに教えたら喜ぶと思うので、後で伝えてさせて頂きます」
「そこ、彼女の紗愛子で良くない?」
高柳さんは、気恥ずかしそうな顔をした後、腕を組み直しながら「そうだね」と小さい声で返した。
「てか、話題変わるんですけど、お二人って彼氏さんいらっしゃいます?」
唐突な槙本さんの発言に、私は横に座っているまりんにチラッと目線をやった。
「私は今お付き合いしている方がいるんですけど、桃夏さんは今フリーです」
私と目を合わすことなく、まりんが言った一言に「えっ」と小さく声が漏れた。
「えっ!こんなに美人さんなのに?」
「いやいや、そんな…」
「いきなりで恐縮なんですけど、来週の月曜日って空いてたりしませんか?」
明後日の月曜日。会社終わりに、特に予定はない。
「空いてますけど…」
私の言葉に、槙本さんは目を輝かせた。
「会社の先輩から合コンを頼まれて、セッティングしたものの女の子がどうしても一人足りていなくて。来て頂けませんか?」
まりんの目は、前向きな返答をするようにと促してきている。
私だけを何かに誘わせる為に、まりんが策士的に嘘を吐いた事は分かりきっていた。
まりんの気遣いを無駄にする訳にもいかない。
「私で良ければ、参加したいです」
槙本さんと一緒に、まりんもガッツポーズをした。
「お前、何誘ってんだよ」
少し呆れたような顔をしつつ、高柳さんも楽しそうに笑った。