第16話:「恋愛ミーティング」/NO(money+love) —私らしい人生って?—

NO(money+love)

合コンに参加することになった桃夏。
参加前にまりんからとある情報を入手し…
前回 第15話「エレベーターでの偶然」

第16話「恋愛ミーティング」

アラーム音よりも少しだけ早く、耳を撫でたピアノの音で目を覚ました。
音色の方へと、足音を立てないように進むと、リビングで音楽を流しながら、まりんが机を拭いていた。

「あっ、桃夏さん、おはようございます。もしかして、起こしちゃいましたか?」

「そろそろ起きる時間だったから、丁度よかったよ。ねぇ、これ、なんていう曲なの?」

可愛い曲調のピアノ演奏曲。
アニソンが染み込んでいたように見えていた部屋は、まりんが来てからクラシック音楽が似合う部屋になった。
観葉植物を育てるのが趣味だというまりんが、リビングの所々に観葉植物と造花をセンスよく置いたのも関係しているのかも知れない。
私は、今の部屋が好きだった。

「フェリックス・メルデルスゾーンの春の歌です。今日の合コンで桃夏さんに素敵な出会いがあるかもって考えていたら、ずっと頭の中で流れ続けちゃって。思わず、曲を流しちゃいました」

「フェリックス・メルデルスゾーンか!ロマン派音楽って、恋に効きそうだよね。合コンとか、久しぶりすぎて緊張しちゃう」

「今日は、桃夏さんの恋愛ミーティングですね!」

キラキラと目を輝かせたまりんは、机の上にピンク色のマグカップを置きながらニコニコと私の方を見た。

「まだ、何も始まってもないのに?」

「キックオフミーティングこそ、肝心ですよ」

「まりん、合コンこないのに?」

「従姉妹同士で合コン参加って、相手に変な印象与えそうだなって思って。今日は、私が今まで勉強してきたことで、役に立ちそうな知識を少しでも伝授するので、少しでも今後に生かして下さいねっ」

「よし、今日は恋愛経験豊富なまりん先生から、出来る男を墜とす小悪魔テクでも伝授して頂こうかな」

私が言った言葉に、まりんは両手の手のひらを上に向け、残念そうに首を振った。

「残念ながら、恋愛経験は多くないので、今回は恋愛心理学をベースに考えていこうと思います」

「恋愛心理学?」

「留学先の学校で履修して、一応学んできた分野なのですっ」

ふふっと、笑ったまりんは、いつにも増して楽しそうだった。

「そうなんだ。恋愛心理学とか、面白そう!ちなみに、今日は、何ティーの気分?」

「んー。ピーチティーにしましょ!」

まりんの一言でピーチティーの茶葉を取り出し、お湯を入れると、ほわっと優しい桃の香りが鼻をくすぐった。
この前、大掃除をして発見した砂時計を逆さにして、3分間蒸らす。
薄緑色の砂時計がサラサラと落ちていくところをじーっとしばらく見た後、まりんはウットリとした表情で微笑んだ。

「砂時計の砂が落ちていくところを眺めているのって、贅沢な時間って感じがしますっ」

「分かる気がするなぁ。砂で時間が可視化されているって、なんか、ただただ美しいよね」

まだ、顔を洗っていないことに気がついた私は、「ちょっと顔を洗ってくるね」とまりんに伝えて洗面台に向かった。
水周りにこそ、花や緑を。
そう言っていたまりんは、毎日熱心に水場の掃除を必ずしてくれているようで、前よりも水周りの空間も居心地の良い空間になっていることに気が付いた。

—もしも、まりんが来てくれていなかったら…。

そんなことは想像すらしたくないと思ってしまうほどに、まりんが来てから全てが前向きに改善されている。
洗顔と歯磨きをして、リビングに帰ると、いつものようにノートパソコンを広げた状態でまりんが待っていた。
マグカップの中には、ピンクブラウンのような綺麗な色をしているピーチティーが注がれていた。

「では、早速ヒアリングします。今までの桃夏さんは、振る方と振られる方、どちらが多かったですか?」

「うーん、そう言われると…、振られて終わった方が多かったかもなぁ…」

「海斗さん以外は、相手から告白されて付き合ったんですか?」

「なんで分かったの?」

驚いた声を出した私を見て、まりんは落ち着いた声で話し出した。

「メラビアンの法則によると、人間の第一印象は視覚情報が55%です。だからこそ、優形の人と強面の人が同じ発言をした場合、優しそうな外見をしている優形の人の方が、より好意的にその言葉を受け止められやすい。このような外見から全体的な評価が左右される心理効果を心理学で、ハロー効果って呼ぶんですけど、桃夏さんの第一印象はバッチリだと思うんです。相手から告白されて付き合う場合、今まで平均何回目のデートでお付き合いに発展してますか?」

「んー。2回目か、3回目くらいかな…」

3ヶ月以内にお別れをしてしまったような、短命で終わった人が今まで30年の人生の中で4人いた。
その4人は共通して、出会ってから付き合うまでのスピードが速かった事を思い出した。

「良妻賢母とか、女の子らしいとか、男性から言われたことってないですか?」

「言われたこと、あるなぁ。初対面とかだと緊張して話せなくなっちゃうせいか、物静かで女らしい女だと勘違いされやすいところはあるかも…」

「外見で高評価を得てしまう人は、その後は減点方式に陥りやすいというデメリットがあるんです。少しでも、相手が抱いたイメージと異なる行動をしてしまうと、相手にガッカリされてしまったりする心理効果でいうとロス効果というんですけ…」

「ロス効果!私、その心当たり沢山あるかも」

思わず、まりんの話しを遮って発してしまった言葉に、自分で自分が恥ずかしくなった。
けれども、今までの経験の中で悩んでいた事が、急にポンッと解明されたように感じて、言葉を発さずにはいられなかった。
私が自分を落ち着かせるように、自分に向かってパタパタと右手で風を送ると、まりんは優しい表情で微笑んだ。

「私も最初習った時は、焦っちゃいました。けれど、事前期待を事後評価が上回ると、感動を生むっていう話しをマーケティングの授業で習って、ハッとしたんです」

「そっかぁ。初対面だと自分のことを良く見せようとしちゃうから、後から苦しむことになっているのかも。強面の人が猫好きだったりすると、すごく良い人に見えるのと同じことだよね?」

「そういうことですっ」

「て、いうことは、つまり…。今日の合コンでは、気合いを入れすぎないように気をつけた方が良いってこと?」

まりんは、ウンウンと2回嬉しそうな表情で頷いた。

「合コンって、初対面の人と多く巡り会う場じゃないですか。社会人になると、仕事のお付き合いで他企業の方との出会いが増えたりもしますが、それってビジネスも絡んでいる分、フラットな関係を築けない場だと思うんです。男女の出会いの場と言いつつも、フラットな環境で色んな方と出会えるっていうのが面白いところだと思うので、出会いに積極的になりすぎず、いつもの桃夏さんとして場を楽しんでくるのがベストじゃないかと思います」

「そうする!あっ。何か、これだけは気を付けた方が良いっていう、ポイントあったりする?」

私の一言に、まりんは腕を組んで、「んー」と言いながら首を右に傾けた。

「別々のものから受け取る感覚や感情を無意識のうちに結びつけてしまう心理が働くことを連合の法則って言うんです。例えば、テニスサークルに所属していたという発言をしただけで、勝手にチャラい人だと捉えられてしまったりするのも、この法則が働いています」

「うわー。じゃあ、初対面の人の前では、発言の内容には気をつけるようにした方が良さそうだね」

「そうですね。気にしすぎたら身動き出来なくなってしまいますし、人生がつまらなくなってしまうので、頭の片隅程度に置いておくと良いかもですっ」

私は、大きく頷くと、まりんに向かってグッドサインを出した。
まりんは、両手をグーにして「ファイト!」と可愛らしい声で言って笑った。

第17話:「夏の月」

みかみ

パグ犬愛好家。 趣味は、投資。夢は、世界を虜にする小説家。

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