第14話:「360度東京」/NO(money+love) —私らしい人生って?—
ただただ過ぎていく毎日という過去が、まりんの登場により輝かしい毎日となっていく。
まりんとのデートでまた新しい勇気をもらうことに
前回 第13話「過去から新しい毎日へ」
第14話「360度東京」
アメリカ出張の荷物に、ちゃんとしたフォーマルドレスが入っていたとは。
上品なピンク色のフォーマルドレスを身に纏ったまりんは、私を見つけると嬉しそうな表情を浮かべて近寄ってきた。
「高級ビュッフェ楽しみすぎて、お腹ペコペコです。早く行きましょ!」
一度私の腕に腕を絡ませてきたまりんは、少女のような笑顔を見せた。
普段着からコインロッカーに預けていたワンピースに着替えて正解だったなと、まりんの横に並んで思った。
小花とレースがほどこされている、ラベンダー色の外行き用のワンピース。
「けど、よく私の会社の福利厚生知ってたよね」
いつものお礼にディナーをご馳走する提案をしたところ、まりんは私の会社の福利厚生の中で店を決めようと言い出したのだった。
「実はですね…。前に片思いしてた人と桃夏さんって、同じ会社なんです。それで、丁度思い出しました」
ホテルに向かって歩く途中、まりんは少しだけ困り眉になりながら言った。
「そうなんだ!なんか、意外だなぁ。その人とも行こう、っていう話しになったりもしたの?」
「いや、その人は元カノと行ってました」
「あっ、そうなのね」
「都内のビュッフェの中で彼的にお薦めの場所だと教えてくれて、特別な時に行くように言われたんです」
「へ?一緒に行く相手、私で大丈夫なの?」
まりんは「ぷっ」と楽しそうに笑うと、大きく頷いた。
「だって、異性の特別な人を連れて行ったら、その相手に失礼じゃないですか。片思いしていた人に、薦められたレストランだなんて。けれど、ずっと行ってみたいなって思っていたので、嬉しいです」
「そっか。恋愛に、真面目なんだね」
「けど、桃夏さんは条件的にもバッチリですよっ。従姉妹と言えども、私の特別な人なので」
上目遣いで茶化すように笑ったまりんからは、小悪魔の尻尾が見えた。
「嬉しいことを言ってくれるなぁ」
「だって、今日は福利厚生を使ったとはいえ、桃夏さんの奢りですからねっ」
「なるほど…」
舌をチロッと出して笑ったまりんを見て、私は頬を膨らませた後、笑った。
360度回転レストラン。
海斗と付き合う前の彼氏と、有楽町の回転レストランに一度だけ行った。
その時に貰ったブリザーブドフラワーは、今も色あせずに部屋に飾ってある。
彼は、元気だろうか。
「わぁー!本当に、ゆっくり回っているんですね」
「ね。東京の夜景を360度見れちゃうって、贅沢だよね」
窓際のテーブルに座り、別料金のドリンクでシャンパンを二つ注文した。
軽装不可の店内は、平日の夜でも華やかな女性が多い。
男性のスーツも、パリッとして見える非日常的な空間に、思わず背筋もシャンと伸びた。
「桃夏さんの明るい未来に、乾杯っ」
「まりんの明るい未来に、乾杯!」
華奢なシャンパングラス。食器同士を合わせる事なく、シャンパングラスを胸より上に上げる乾杯の仕方で、私たちは微笑み合った。
「なんか、本当に大人になっちゃったね。お互い」
「良い歳の重ね方じゃないですか」
「そうだね」
大好きな、東京の夜景。
シャンパンをゆっくりと飲むまりん。
シュワシュワーと弾ける細かい泡と香りに、過去なんて溶けてしまったような気がした。
「桃夏さん、天ぷら取りました?」
「いや、まだとってない!」
「一つ一つ目の前で揚げてくれるので、揚げたてですよっ」
サクッと音を立てて、天ぷらを頬張ったまりんは、頬に手を当てて幸せそうに目を細めた。
「お塩で食べる揚げたての天ぷらほど、美味しい食べ物ってないです」
「まりん見てたら、天ぷら食べたくなっちゃった!私も天ぷらとってこようっと」
天ぷらのところには、列が出来ていた。
前に並ぶ女性同士が何やら資産運用について話しているような会話が、4番目に並んだ私の耳に入ってきた。
席に戻って、前に並んでいた女性たちの会話をまりんに伝えると、まりんは何かを思いついたように手を打った。
「そういえば桃夏さん、今週の土曜日は何か予定ありますか?」
「んー、特にないはず」
「じゃあ、マネーセミナー行ってみません?前から、気になっていたのがあって!無料なのに、焼きたてパンも出るらしいですよっ」
楽しそうに話すまりんを前にして、気が引けた自分が申し訳なかった。
「気を悪くしないで欲しいんだけど…。実はね、無料のセミナーには行かないって、昔決めたんだ」
キョトンとした表情で数秒固まったまりんは、首を傾げた。
「過去に、何があったんですか?」
「自己啓発系のセミナーだったんだけど、昔一度参加したら勧誘が本当にすごくて…。タダほど怖いものはないなって、思ったんだよね」
「電話が沢山かかってきた、とかですか?」
「そう!しかも、なんか宗教チックで。人間不信になりそうだった…」
「それは、なかなかの経験ですね」
ステーキを頬張りながら、まりんは眉根に皺を寄せた。
「けど確かに、人間ハリガネムシが待ち構えているセミナーもあったりするので、セミナー選びは気を付けた方が良いと思います」
「え?ハリガネムシって、何?」
「食事中に話す話題じゃないかも、知れないんですけど…」
ナプキンで口を拭いたまりんは、少し前のめりになって私の方に顔を近づけると小声で話した。
「心までをも操る、と言われている寄生虫です」
「うわー」
「ハリガネムシはカマキリの体内に寄生して、カマキリが食べた餌によって成虫になって、交尾をするまでは食事が必要なくなるんです」
「ハリガネムシは、カマキリが必要無くなったら、カマキリの体から出ていくの?」
まりんは、残念そうな顔をして横に首を振った。
「寄生している間は、陸で生活を送るのですが、ハリガネムシの故郷は水辺なんです。なので、子孫を残す為に水辺に戻る必要があります。そこで、宿主の行動を操って水辺まで向かわせ、虫にとって致命的な水へとダイブさせるのです」
「寄生した上に、自殺までさせるなんて…」
食べようとしていたお寿司を落としそうになって、私は必死に右手に力を入れた。
ただ、カマキリの事を考えると食べる気も失せ、結果的にお皿にお寿司を戻した。
「寄生されたカマキリは、寄生されていることにも気が付くこともないまま一生を終えるんです。自らの天敵の子孫繁栄に加担して、その生涯を終える。しかも、ハリガネムシは自ら行動を起こしてカマキリに寄生するのではなく、水辺でカマキリに捕食されるのをジッと待って、捕食してきたカマキリにそのまま寄生していくんです」
「うわー…。人間ハリガネムシっていうのも、何となく分かった気がする。ちゃんと自分に責任を持って、選択していかないとだね。自分の事は、自分で守っていかないと」
私の言葉に、まりんは大きく頷いた。
「何かに挑戦していきたい気持ちがあるなら、やっぱり自己防衛力を身に付けた後に、飛び出していくべきだと私は思います。ハリガネムシに寄生されたカマキリ達の輪に一匹寄生されていないカマキリがいたら、ある日突然周りのカマキリは集団自殺をして、その一匹のカマキリだけがハリガネムシの脅威を知ることになります。周りに惑わされず、生き残って、他の仲間も救えるような存在になりたいですよね」
「水辺で餌の捕獲をすると、ハリガネムシに寄生されますよー!って?」
私の言い方が変だったのか、まりんは面白そうに笑った。
「マネーセミナー、行ってみよっか」
唐突な私の発言に、まりんは驚いたような顔をした。
「なんか身構えていたけれど、ハリガネムシ人間に気を付ければ大丈夫だなって思った。しかも、マネーセミナーっていう時点で目的がハッキリしてるし」
「桃夏さん行かないなら、一人で行ってみようかなって思っていたので、一緒に行けて嬉しいです。予約しておきますね」
早速予約を取ろうと考えたらしく、まりんは携帯電話を取り出すと画面を見ながら嬉しそうな表情を浮かべていた。