第8話:オトンと日本酒/恋する3センチヒール
また会う約束をした玲奈と俊明。
オトナとして扱われたい俊明はとある人に相談をするが・・・
前回 第7話:「オトナ」
第8話:「オトンと日本酒」
「オトンって、何かお金の運用とかって、やってたりするん?」
二ヶ月に一回程、実家の神戸から出張で東京にくる父親と、新橋の居酒屋のカウンター席で日本酒を嗜む。新鮮な刺身が並ぶテーブル。
冷酒を片手に、オトンは渋い顔をした。
「なんや!運用?」
「株とか、不動産投資とか」
「あぁ。株か。去年は、損切やったわ」
「損切り?」
「株価が下がり続けるようだったら、その株は損失が大きくなる前に見切って、他の銘柄に移って運用するっていう…そんなんも、知らんのか」
「つい最近、資産運用って言葉を覚えたレベルや」
小さく首を振って、オトンは、お猪口に残っていた冷酒をグイッと飲み干した。
徳利に残っていた分を、僕は黙って注ぎ足した。
「金融商品ってものはな、知識なく始めると最終的に大損になりかねない。ちゃんと勉強しいや」
「どう、勉強したらええ?」
「熱燗と、がんも追加で」
背後を通りかかった店員に、熱燗を追加で注文したオトン。
今夜は長くなる気がして、唾を飲みこんだ。
「せやなぁ…」
オトンは腕組みをして、少し考えた後に言った。
「今は、情報化社会や。ネットに多くの情報が出ていて、素人もプロもネット上では見分けがつき難くなってきたやろ?」
「せやな。ネット上での魅せ方を心得ている奴が、増えた気がするなぁ」
「情報の価値は、確実に目減りしているからな。だからこそ、情報ときちんと自分が向き合える状態にすることが大切や。自分にとって必要か、それとも不必要なのか、自分の頭でトコトン考える。他人が持ってる正しい答えは、自分にとって正しい答えかは分からんからな。逆もまた然りや」
運用について、調べた時のことを思い出した。
反対派と賛成派のどちらもが、正論のような顔をして鎮座しているネットの世界。
頭が痛くなったのを思い出した。
頷くと、オトンは険しい顔つきをした。
「お前たちの時代は年金も出るかどうかも、よう分からんからなぁ。日本人の平均寿命は延びてるし、今や長生きリスクっていう言葉まであるんやで!長生きリスクなんて、とんでもない言葉や。オトンの生きてきた時代と、お前がこれから生きる時代は、別物と考えた方がええんやろな」
オトンの目は、息子である自分の先に暗澹たる人生を見ているように思えた。
「アメリカでは、小学生の時から金融知識について勉強するんやってな。バイト時代にお世話になった先輩が言っとった。日本でも、アメリカの401Kが企業に導入されたり、運用に対する意識は変わってくんやろな」
最後に残っていた冷酒を美味しそうに呑んだ後、オトンは大きく頷いた。
「時代は変わっていくからな。大切なのは、考えることを放棄しないことや。他人の意見に縋るのは簡単なことやけれど、それじゃあ自分の人生が他人に蝕まれていく。自分に責任を持って、しゃんと胸を張って生きることや。精進せい!」
3日後に会う玲奈さんの姿が、頭にぼんやり浮かんでいた。