第11話「恋のSWOT分析」/ちゃんちゃんCO

ちゃんちゃんCO

前回 第10話「はじめてのボランティア」

第11話「恋のSWOT分析」

金曜日の深夜。
私の頭の中が少しでも可視化して伝わるように、フレームワークをいくつか書いたノートを持参して、桃夏さんの家を訪れた。

【桃夏さん。相談したいことがあるんですけど、今から電話しても良いですか?】

自分一人じゃ対処できない問題だと気が付いたのが、23時29分。

【まりんが相談なんて、珍しい! 出張で夏月さんもいないし、いつでも良いよー】

桃夏さんから返信があったのが、23時42分。
返信を考える前に、私は桃夏さんに電話を掛けていた。

「返信ありがとうございました。ちなみに、今から会いに行ってもいいですか?」

「へっ? 明日の予定も特にないから、別に私はいいけど…。終電とかあるの?」

「それが、ギリギリありますっ」

私が終電に乗って家までやってくることについて心配した桃夏さんは、途中危険な目にあった時の対処法をいくつか私に伝授して電話を切った。
桃夏さんの優しさは、ふわふわのタオルみたいに、ほんのりと私を包む。

「こんばんは! 深夜に訪ねてしまって、ごめんなさい」

「何事もなく無事到着してくれてよかったー。駅まで迎えに行けばよかったかもって、そわそわしちゃったよ」

柔らかくクタッとした笑みを浮かべた桃夏さんからは、お風呂上がりの石鹸の匂いがした。

「で、悩みってどうしたの?」

夜のティータイム用に購入したという、淡くシトロンとカモミールの香りがするルイボスティーを入れながら、桃夏さんは優しい声をだした。

「えっと…。あの…」

「ん?」

桃夏さんを前にして、相談しようと決めていた私の悩みが喉の奥に詰まってしまった。
『恋の悩み』を相談しようと決めていたのに、相談してしまったら自分の中での気持ちを『恋』だと完全に認めたことになってしまう気がして、まだ認めたくない気持ちを抱えたもう一人の自分が、喉の奥で言葉を留めさせた。

「なになに? まりんがこんな様子なのは、初めて見るなぁ。もしかして、恋のお悩みとか?」

自分の目が大きく開いたのを感じると同時に、見透かされてしまっている恥ずかしさから身体が熱を発したのが分かった。

「んーっ。そんな感じです…、はい」

「わーっ。良かったー!]

今まで見た笑顔の中でも、とびっきり嬉しそうな顔をして桃夏さんはパチパチと手を叩いた。

「えっ。いやっ、でもっ、お付き合いする以前の話しなので、そんなに喜んで頂けるような感じではないんです…。なんか、期待させてしまって、申し訳ないくらいです」

私の戸惑いをよそにして、桃夏さんは相変わらず嬉しそうだった。

「別にまりんの事を同性愛者だとか思っていた訳ではないから、そこは勘違いして欲しくないんだけれど、まりんが普通に男性を好きになれるんだっていうことを知れただけで、嬉しく思ったの。なんだろ、私の周り子の中には、条件でしか異性を見れなくなっちゃったりして、純粋な気持ちで異性を好きになることが出来なくなっちゃう子とかいたから。ちょっと心配してたんだ」

「桃夏さん…」

なんとなく私の恋愛に関して自分の想いを敢えて口に出さずに、そっと一定の距離の中で見守っていてくれているように感じていたけれど、その答えが含まれている言葉を聞いて、胸が熱くなった。

「だから、まりんの恋の話しが聞けるなんて、嬉しい。どんなヒトを好きになったの?」

改めて合った桃夏さんの目が期待でキラキラと輝いているのを見て、私は一度腕を組んで、自分の気持ちを再確認した。
正直、恋に恋している可能性も否めない。
けれども、今確かに感じるこの気持ちは、彼に恋をしたとしか説明のしようがなかった。

「公務員をやっていて、品のある顔をした人に一目惚れをしました。年齢は同い年くらいで、先週友人に誘われたイベントで出会いましたっ」

「…イベント?」

桃夏さんは、ティーカップを両手で持ちながら目をパチパチさせた。

「あっ。イベントと言っても、友人から老人ホームのイベントの誘いを受けたので、参加してみたんです。新しい資産運用を取り入れようかなと考えた時に、自分の老後って全然イメージつかないなぁ、って思っていた事も背景にあって、なんとなく参加しただけだったんですけど。そしたら、偶然当日ボランティアで参加していた彼に一目惚れをしてしまったみたいです」

「イベントって、もっとこう、若者が集っているイケイケなやつかと思ったんだけど、老人ホームのイベントなんだ。なるほどね」

言いながら笑っている桃夏さんを見ながら、確かに“老人ホームのイベント”だと同じ『イベント』でも、言葉が与える印象が違い過ぎて自分でも笑ってしまった。

「なんか、真面目そうな場所で出会っているから良い人な気がする! で、一目惚れして、連絡先とかは交換したの?」

桃夏さんの言葉に、私は大きく頷いた。

「ほぼ初対面なので、特に頻繁に会話しているとかは無いですけど、一応連絡先は交換しましたっ。日曜日に老人ホームで開催されるお金のセミナーにそのヒトも私と同じように参加することになったので、また会えるはずなんです」

「日曜日って…。もう0時過ぎているから、ほぼ明日じゃん!」

「そうなんですっ!だから、恋は始まりが肝心だと思って、今日来ちゃいました。家で一人でいるとグルグルと迷宮に入ってしまっている感がありまして。SWOT分析を始めたあたりで冷静になって、桃夏さんに連絡をしました」

持参したノートを広げると、桃夏さんは興味深そうに覗きこんだ。

Strength(強み) 一途、連絡マメ、えくぼ、基本機嫌が良い
Weakness(弱み)変に真面目、胸が小さい、上手く話せない
Opportunity(機会)資産運用の話題で上手く興味付けする
Threat(脅威)彼女、好きな人がいる、婚約している等

「上手く話せないって、そんなイメージ全くないけどなぁ」

「いや、好きな人を目の前にしちゃうと、その人の期待に応えられるような自分を演じてしまう癖が昔からあるんです。それが空回りした結果、上手く話せないことって実は多くて…。課題に感じているんですけど、いざ本番ってなると上手くいかなくて悩んでいます」

「そっかー。私だったら、そんなまりんの事が逆に可愛くて、好きになっちゃいそうだけどね」

「桃夏さんは、ほんと私に甘すぎですっ」

桃夏さんの言葉が紛れもない本音に聞こえて、私は熱を持った頬を桃夏さんに気付かれないように、下を向いて照れを隠した。

「相談しにきてもらって大した事言えなくて申し訳ないけど、誰に恋したってまりんは、そのままで良いの。そのままのまりんを愛してくれたヒトが、きっと運命のヒトだから。だから、こんな分析なんてしなくて大丈夫!」

パタンっと勢いよく私が持参したノートを閉じた桃夏さんは、私の元へとノートを返すとニコッと笑って、私の右手を両手で包んだ。

「素敵な恋になると良いね」

視界が潤んだのを感じながら、首を大きく縦に振ると嬉し涙がポタッと一滴落ちた。

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みかみ

パグ犬愛好家。 趣味は、投資。夢は、世界を虜にする小説家。

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