4章第5話:「時間軸」/恋する3センチヒール
投資として何を資産運用に取り入れたらよいのか悩む俊明。
老後という言葉から勝手な未来を想像してしまい…
前回 4章第4話:「2回目の乾杯!」
4章第5話「時間軸」
「ここのカフェ、落ち着いていますね」
「勉強会に、相応しいカフェだなって思って」
勉強会という名の、初めての休日デート。
いつも、ジャケットを羽織っている玲奈さんが、今日はカーディガンにワンピース姿。
勉強会だと分かっていながら、玲奈さんにダサいと思われていないか、つい自分の私服も気にしてしまう。
「じゃあ、さっそく勉強会はじめよっかな」
玲奈さんは、レポート用紙を一枚切り離して机の上に置くと、ペンを取り出した。
「これが、人生の時間軸ね」
そう言って、玲奈さんは紙に線を一本書き込んだ。
そして線の頭の方に、25と僕の年齢を書き足した。
「日本人の平均寿命が2050年には、男性が約84歳。女性が90歳って言われているの。だから、とりあえず寿命の部分は84歳にしておくね」
線のお尻の部分に84と追加された。
「長生きですね…」
84という数字を見て、「人間五十年」の一言を思い出した。
人の一生は50年ほどだ、という江戸時代の言葉。
江戸時代と比べて、二倍近くまで寿命は延びている。
普段の生活では何とも思っていなかったけれども、人類の進歩の脅威っていうものを感じた気がした。
「これは、命そのものの寿命だけども、これ以外に労働寿命があるよね。俊明くんの退職は、何歳くらいの予定?」
「年金の受給開始年齢も引き上げられましたし、65歳までは働いていたいです」
玲奈さんは、65と記入すると縦線を書き足した。
25と84の84寄りに一本足された線は、境界線の役割を果たした。
「この25歳から65歳までの40年間。これが、労働寿命ね」
「40年間って長いように感じますけど、こうやって見ると人生の中の半分程度の時間しか働けないんですね」
「そう。働く前までの学生期間は、自分が働かなくても、親とか親戚とか大人がお金を支払って育ててくれるからね」
社会人1年目の10月から、奨学金の支払いがスタートしたのを思い出した。
けれど、未来への自分への借金という形で、学生時代は学費の為に働いたことはなかった。
「俊明くんのご両親は、お金を貯金しなさいって言ってこない?」
「父親は何も言ってはきませんが、母親には貯金しておきなさいってよく言われます」
「そっか。あのね、私達の親世代の時代は、この労働対価として受け取った現金を銀行に預けているだけで増える時代だったの。しかも、年金も出るし、退職金もしっかり出る時代。年功序列っていう言葉が定着していた位、長く働けば勝手に昇給もしたしね。けれど、私達世代ってどういう時代を生きているか分かる?」
玲奈さんの真剣な眼差しに、背筋がしゃきっと伸びた。
「年金で言うと、60歳から受給が開始されていたものが65歳からになりましたよね。それに、2010年から支給率も1%ずつ下がって…。しかも、退職金も、正直どこも下がっていたり、外資企業の影響で退職金を設けていない企業も増えているって聞きました」
「俊明くんの言う通り、私達世代は色々と未来の保証は不安定。それに反してセカンドライフは、延びているよね。65歳から84歳までで考えても約20年間という時間。会社も、国も、銀行も頼れないっていう中、老後の生活の為に、自分で労働対価を得ている内に資産形成をしていく必要があるのは分かる?」
注文していたレモンスカッシュを飲んだ後、頷いた。
「時代が変わってきているからこそ、それに対応していく必要があるっていうことですよね」
「そういうこと!」
玲奈さんは嬉しそうに頷いたあと、レモンスカッシュに手を伸ばした。
さくらんぼが入っているレモンスカッシュが二つ。
40年後も、こうして玲奈さんと二人で…。自分都合の未来を考えようとして、咳払いで気を紛らわせた。