第13話「帰り道と約束」/ちゃんちゃんCO
13話:帰り道と約束
ポーカーフェイスを装っているうちに、笑顔が硬くなっている気がして、自分の頬を軽くつまむようにして引っ張った。
セミナー終了後、和子さんに軽く挨拶を済ませ、流れ的にそのまま岡田さんと一緒に外に出てきた。
15時前という時間帯に、ついこの後に期待を寄せてしまう。
横で大きな伸びをしていた岡田さんと、目が合った。
「この後って、何か予定ありますか?」
言った後に、少し後悔をした。
慌てて脳内でトークスプリクトの作成を試みようとしたものの、先に岡田さんの唇が動いた。
「あー。この後は、結婚式のビデオ撮影があるんです」
「えっ! 結婚するんですか?」
私の叫びに似た声に、岡田さんは驚いたように目を丸くした後に、すぐに顔をクシャッとして笑った。
「いやっ。僕ではなく、友人の結婚式の二次会のやつです。僕は、まず彼女作りから頑張らなくちゃいけないので」
ふいに得た、岡田さんの情報。
嬉しくなって自然と口元は緩み、さっきまでの硬さは消えていった。
「そうなんですね。なら…」
「良かったです!」と言ってしまいそうなところ、ギリギリのところで言葉を変えた。
「そしたら、早く向かわなくちゃですね!」
「そんなに急いではいないですけどね。けど、ぼちぼち向かおうかなぁ」
岡田さんは、腕時計を見て顔を上げた。
渡ろうとしていた信号が、ちょうど赤になったので、立ち止まる。
「そういえば、南山さんが今日のセミナーに参加したのって、どういう動機なんですか?」
「動機って言い切れるほど、大した事ではないんですけど、老後の備えとして資産運用を取り入れていて。けれど、その先の老後っていうものが、今の私にとっては全く見えてこないものだったので、少しでも自分の中での老後のイメージを付けたくて参加したっていう感じです」
私の発言に、岡田さんは分かりやすく、驚いた顔をした。
「南山さんも、資産運用に興味があるんですか? あっ。興味があるじゃなくて、もう取り入れている側かぁ…」
「でもっ、まだ手探り状態で始めたばかりで、色々と勉強しているところなので、全然です。ただ、若いうちから興味を持って動くことって、特に資産運用の世界では重要だなぁと思って、去年の終わりから少しずつ本格的にお金を分配し始めたような感じですっ」
「めちゃくちゃ、考えているじゃないですか…」
感心したような顔をしている岡田さんの横顔は、西日に照らされていて、大げさじゃなく輝いて見えた。
信号の待ち時間が、後半分しか残っていないことが、惜しく思えて、抵抗するかのように手にぎゅっと力を入れている自分に気がついた。
この信号が変わってしまえば、駅まで数分で着いてしまう。
「私は仕事的にも資産運用に興味を持ちやすいと思うんですけど、岡田さんってどういうキッカケで資産運用に興味を持ったんですか?」
「僕の場合、たまたま学生時代のバイト先の先輩が資産運用について詳しくて、色々と話しを聞いているうちに興味を持ったっていう感じです。そういえば、南山さんってお仕事何されているんですか?」
「仕事は…」
丁度信号が青になったので、ゆっくりと前に進む。
足を進めると同時に、私は外資コンサルで働いていると正直に伝えるのを躊躇ってしまった。
世の中には、私が外資コンサルで働いている事について良く思うタイプと、良いようには受け取らないタイプと二通りの人間がいる。
いつもは気にもならない事なのに、岡田さんを前にすると、岡田さんがどう思うのかが怖くなってしまった。
なかなか仕事を明かさない私に対し、岡田さんは不思議そうな顔をして首を傾げた。
「バリキャリとか、そういう風には思って欲しくないんですけど…、戦略コンサルタントをしてます」
目線を下に向けて答えた後、顔を上げて岡田さんを見ると、岡田さんから引いているような空気は一切感じることなく、むしろ嬉しそうな顔をしていた。
その姿にホッとしたと同時に、心がやっぱり持っていかれそうになってしまう。
「戦略コンサルタント!企業の事業戦略とかから、入り込むやるですよね? めっちゃカッコイイじゃないですか。南山さん、すごいですね。それにしても、初めてコンサルティングファームで働いている人に出会ったから、なんか感動するなぁ」
媚を売る訳でもなく、ただ心の底から思ったことを伝えてくれている岡田さんに対して好感度だけが増していく。
さっきから岡田さんともう少し一緒にいたい一心で、やたら速度を落として進めている足のことも、何一つ言わずに岡田さんは歩幅を合わせてくれている。
「仕事を言うと引かれちゃう事もあるので、そんな風に言ってもらえるとは思っていませんでした…。なんか、ありがとうございます」
「引く人がいるって、そういう人がいる事が驚きですけどね。けど、自分より明らかに難しそうな仕事をしていると萎縮してしまうような人って、たまにいるものですよね。南山さんは、そんな人達に屈する必要全くないです」
二回静かに頷いた岡田さんは、何かしばらく考えたような表情をした後、思い切ったような笑顔を向けてきた。
何か、良いアイデアを思いついたような微笑み方に、私は首を小さく傾げた。
「もし良ければ、今度勉強会しません? 実は、最近資産運用を本格的に始めようと思っていたところで!南山さんがやっている資産運用について、聞きたいです」
丁度駅に、着いたところだった。
私は、心の底から湧き出た笑顔のまま、大きく頷いた。
「大賛成ですっ!私で良ければ是非!」
反対方面の電車に乗る為に、別々のホームへと向かう形で別れた。
電車に乗り込んで、改めて湧き上がってきた喜びに、私は身体を火照らせ、ヘロヘロと電車の角にもたれ掛かった。
夢みたいで、トロけてしまいそうな気分だった。