2章第10話:「帰り道」/恋する3センチヒール
投資に対する大介の心を知った玲奈。
正直な言葉を発する彼女に対し大介はついに・・・
前回 2章第9話:「王子と中古不動産」
2章第10話:「帰り道」
焼肉屋からの帰り道、彼女はふいに真剣な表情をしてこっちを見た。
店から大通りに向かって歩いていたところで、人通りは少ない。
「ん?」
立ち止った彼女は、上目使いでジッと目を覗き込んでいる。
何かを考えているような表情をして、なかなか言葉を発しない。
「酔ったの?」
今までとは違う空気感に、どう対応をすれば良いのか分からず、彼女の目を見つめ返した。
心臓が、ゆっくりと鼓動を早めだす。
「大介さん、私一つ気が付いたんです」
彼女は、まだ考えている表情をしながら言った。
「何を?」
「大介さん、まだ紗愛子さんのことが好きですよね?」
「えっ」
突然彼女の口から出てきた「紗愛子」という言葉に、身体の奥の方が反応した。
なぜ、彼女が一年前に別れた元カノの名前を知っているのか。
「この前、紗愛子さんに会ったんです」
「え?知り合いなの?」
「実は、紗愛子さんは私のゼミの先輩なんです。不動産投資をやりたくて、恩師であるゼミの先生に相談したら紗愛子さんをご紹介頂きました」
そういえば、彼女も紗愛子も女子大出身者だった。
「そこで、昔付き合っていたことを聞いたの?」
「たまたま、大介さんが共通の知人だと発覚して。そこで話していて、紗愛子さんの元彼は大介さんだと知りました」
「だから、さっき好きだって言った時、複雑そうな顔をしたの?」
焼肉屋で、「俺、玲奈のそういうところが好きなのかも」という発言をした結果、彼女は眉間に皺を寄せ、少し考えた後に「ありがとうございます、嬉しいです」と作り笑いを浮かべたのだった。
「中古不動産にいれたっていう頭金700万円って、本当は紗愛子さんとの未来を考えて貯めていたんじゃないですか?」
頷くしかなかった。
「そうだよ。けれど、もう紗愛子は関係ないよ」
彼女は納得出来ないというように、首を振った。
「実は…。紗愛子さんから、お手紙を預かってきているんです」
「え?」
【大介へ】
懐かしい文字が書かれている茶封筒を受け取った。
電燈の薄明かりの下、中に入っている紙を引き出してみた。
チラッと目を通して「あぁ。こんなのいらないよ」とでも言って、彼女に手紙を返すつもりだった。
それなのに…。
【もう一度、やりなおしませんか?】
「これは、ずるいよ」
涙の雫が、紗愛子の文字をぼやかした。
「やっぱり。紗愛子さんのことが、まだ好きなんですね」
彼女は、嬉しそうに笑っていた。