第19話:「不動産投資」/NO(money+love) —私らしい人生って?—
どんなセミナーに誘うか迷っていたら
まりんから意外な言葉が返ってきて…
前回 第18話:「恋愛直感力」
第19話「不動産投資」
「で、なんのセミナーに誘うのが良いかな?」
私の質問に、まりんは「ウーン」と腕を組んだ。
「不動産投資のセミナーは、どうですか?」
「えっ。不動産投資?」
まりんの言葉を聞いて、よく見かける折り込みチラシを想像した。
郵便受けでたまに見掛けるものの、きちんと目を通すこともないまま、管理人が用意してくれているゴミ箱へと捨てているチラシ…。
私宛に不動産会社から電話が来ても、繋がないように会社にお願いもしてある。
「不動産投資って、私には縁がないものだと思うんだけど…。夏月さんも私と1つしか年齢変わらないし、不動産投資なんて出来なさそう」
「桃夏さんにとって、不動産投資ってどういうイメージなんですか?」
今度は、私が「ウーン」と腕を組んだ。
「お金持ちがやるイメージっていうのが、強いかな。だからか、私みたいな平凡な人が出来るって言われても、なんか怪しいって思っちゃう」
「まぁ、悪質な不動産会社とかもあるのは事実ですね」
「なんか正直、良いイメージっていうのが無いんだよね」
会社の先輩が不動産投資を始めたと教えてくれた時は、詐欺に引っかかったのではないかと心配した。
「桃夏さん、きっと驚くと思うんですけど、実は私1部屋持っているんです」
唐突なまりんの発言に驚きすぎて、私は目を大きく開ける事しか出来なかった。
「えっ?本当に?」
真顔でまりんは、頷いた。
「まりんの事だからさ、大丈夫だと思うけど、それって何かの詐欺とかじゃないの?まりんの会社だと、確かに給料高いとは思うけれど、キャッシュじゃさすがに買えないよね?」
「35年ローン組んでますっ」
35年。無意識に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「2800万円くらいです」
想像すら出来ないくらい大きすぎる数字に、頭がクラクラした。
30万円のブランドバック購入に悩んでいた私が、ちっぽけに感じる額だ。
「月の支払いって、いくらなの?」
「1万5千円くらいです」
「あっ…。家賃収入が入ってるから、ってこと?」
「さすが、桃夏さんです!」
まりんは、小さく拍手をしてくれた。
「なるほどねー。けど、そんなに上手くいかないんじゃないの?」
「そうですね。変動金利なので金利が高くなれば月々の支払い額も変わってきますし、細かいところで言うと、部屋のエアコンとかが経年劣化したりしたら、その支払いとかもあります。あとは天災のリスクもありますし、家賃だって下がる可能性があることは否めません」
「うーん。空室リスクとかもあるだろうし、そんなに良いものに思えないんだけど、なんで始めたの?」
感じた疑問をそのまま口に出した。
困った顔をするかと思いきや、まりんは口角を上げた。
「少し、長くなりますが良いですか?」
「もちろん」
私の答えに、まりんはホッとしたような表情を浮かべた。
「ほとんどの外資系企業はそうだと思うんですけど、退職金が無いんです。その分、周りも資産運用を取り入れていて、私も社会人2年目になったら何か取り入れたいなって思って、社会人1年目の時に独学で資産運用について学び始めて…。あっ、ちなみに桃夏さん、金融商品って日本だけで何種類くらいあるか知ってますか?」
「100種類くらいはあるんじゃないかなって、何となく思う」
まりんは唇をキュッと閉まった状態で、首を振った。
「日本だけで、約3000種類以上あるって言われているんです」
「えー!そんなに」
「そうなんです。ただ、株とか、不動産投資とか、大きな括りで分ければ、代表的ものは数十種類くらいには絞れますけどね」
「けど、そんなに商品として種類があるんだね」
少し冷めたレモングラスティーを口に含みながら、益々まりんが不動産投資を選んだ理由が気になってきた。
「沢山種類があったので、株、債券、外貨、投資信託、先物取引、FX、不動産みたいな感じで大きく分類して色々調べてみたんです。その結果、不動産投資っていうものが一番先読みがしやすいという事に気がついて。他のものは、プロでも先読みできないものにリスクが左右されるのに対して、不動産投資は先にリスクの先読みが出来るっていうところに魅力を感じました」
「ふむふむ」
私は、腕を組んだまま、まりんの話しを自分の中に落とし込むように大きく頷いた。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史から学ぶ。ビスマルクの言葉を資産運用に当て込めた時に、殆どの金融商品は未来のリスクの先読みがプロでも出来ないと言われているんです。明日の株価は、明日のその時になるまで分かりません。けれど、不動産投資は名前の通り『不、動産』に投資をするので、今までの家賃変動などからリスクに関して事前に把握出来ますし、銀行から融資を受けて出来る時点で信用性が高い投資なんです。しかも、簡単にキャッシュに変えられないっていうところも、メリットだなって」
「ん?どうして?」
「長期的に見た時に、簡単に引き出せるものだと、老後まで残らない可能性の方が高いからです」
私が大学に進学する時に、お母さんが保険を解約して学費を工面したことを思い出して、思わずハッとした。
奨学金を組むから良いと言ったのに、「これを解約したら余裕だから、桃夏は気にしないの」と言って拒まれた。
「確かに、人生何があるか分からないから、簡単に引き出せるものだと残らない可能性高そう。人生の途中でお金が必要になった時に、そこから手を付けちゃうよね」
「若いうちにしか、老後の備えって出来ないですからね。それは、最低限自分で作っておいた方が良いと思います。あとは、不動産投資には保障のメリットもありますし、日本の人口は減少しているものの首都圏の人口は増えている傾向にあるので、東京で持つ分には良いんじゃないかなって個人的には思います」
「大都市に人口集中しているっていうもんね。確かに、東京で不動産を持つのは悪くないかも」
「ただ、私が不動産投資のセミナーを桃夏さん達に勧める一番の理由は、他にあるんです」
まりんは、ルーズリーフに大きく「金利」と一言書き込んだ。
「金利?」
「株価は、人によって変わらないですよね?けれど、不動産投資の金利って、人によって変わるんです」
「え?どういうこと?」
「銀行から融資を受けて不動産を購入するので、信用性が高い人であれば、それだけ低い金利で組めることになります」
イマイチしっくりこなかった私は、思わず首を傾げた。
「信用性って、どこで判断されるの?」
「大企業に勤めていたり、勤続年数が長かったり、返済能力があると認められる人は信用性が高い人と言えます。桃夏さん、クレジットカードの支払いが遅延したり、何か借金って抱えてたりしますか?」
海斗にお金を貸したりしていたものの、借金まではしていない。
少し不安そうな顔をしていたまりんは、私が首を横に振ると嬉しそうな顔をした。
「なら、バッチリです。桃夏さんなら、私と同じ物件を月々1万円以下で持てますよ」
「勤続年数が審査に含まれるっていうことは…、そっか!現時点では、私の方がまりんより信用性が高いから、金利が低く組めて、金利が低いっていうことは、まりんより月々の支払いが少なくて済むっていうことだよね?」
「そうです。けれど私は、少しでも早い年齢でローンを返済したかったので、金利が高くても早めに始めちゃいました。ただ、桃夏さんや夏月さんなら、私よりもメリットが出せるんです。だからこそ、信用性が高い人には一度検討してもらいたくてセミナーを勧めました」
私のことを考えて不動産投資を提案してくれたのに、最初に全否定してしまった自分の事を申し訳なく思った。
「そっか。本当に色々と考えてくれて、ありがとう。不動産投資セミナー、行ってみる」
「この前と同じところで、今週の土曜日に不動産投資に特化したセミナーがあるみたいなので是非!」
いつものように微笑んだまりんの目は、何故か少しだけ潤んでいた。